昭和の文豪の真剣勝負 | パイプと煙と愚痴と

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単なるオヤジの愚痴です。

鎌倉は夜に入って、雨音が強くなってきました。
気分は滅入りますが、梅雨らしい季節になって来ました。

たまには、地元、鎌倉ネタでも書きましょうか。
幻の昭和文豪、真剣勝負って知ってます?
『ペンで戦う』
って、文学の王道ではありません。本当に真剣勝負寸前があったのです。

主人公は、三島由紀夫と立原正秋先生です。
ここの読者様なら、お二方も、今更説明の必要はありませんよね。

この両大先生、まじに真剣勝負寸前になったことが、二度もあるのです。

別に、恨みがあったわけではありません。


両大先生とも、趣味(こう書くと立原正秋先生から殴られそうな気がしますけど)が剣道であったことから、出版社が剣道勝負を企画、最初は昭和41年あたりに話が持ち上がりましたが、立原先生の先輩である笹原氏から勝負しないようにとの要請があったので、立原正秋先生の方から断ったようです。
当時、出版界の寵児である三島氏の面子を保つためだったようです。 (この余計なお節介が、三島を死に追いやったともいえます)

二度目は昭和44年、立原VS三島戦が小説新潮で企画され、このときは立原先生も、了解します。

立原正秋先生の弁によれば、酔っぱらっていたので、つい承諾してしまったとか……
しかし、三島氏は、今は空手に夢中との理由で断ります。 (どういう理由なんじゃ!)

少なくとも、剣道はもちろんのこと、喧嘩でも立原先生は数段上ですから、空手の試合でも面白い気もしますが、そんな理由で対決は流れます。


かくして、昭和文豪同士の巌流島――両氏の因縁の地となると『江ノ島』か――決闘は、幻と終わります。

あのとき、立原正秋先生が、思いっきり三島氏を打ち据えていてくれれば、三島氏はさらに剣道に、精進、ノーベル文学賞も夢ではなかったでしょう。

まったく、惜しいことをしました。

ここら辺の経緯は、随筆集『雪中花』に詳しいですよ。
三島氏に対する立原先生の見方もよくわかり、興味深いです。


立原 正秋
雪中花―立原正秋随筆集