『壮士ひとたび去ってまた還らず』昔は良かった。 | パイプと煙と愚痴と

パイプと煙と愚痴と

単なるオヤジの愚痴です。

keika
ニュースで、『刺客』『刺客』と、物騒なことを連呼している。
たかが、腰抜け抵抗勢力に、某国丞相が対立候補を立てただけで、この騒ぎである。
全く平和な国である。
しかし、安易に『刺客』と言う言葉を使うべきではない。

上の図は、多分、史上最も有名な『刺客』、荊軻が、秦の始皇帝を襲った名場面である。
中国戦国時代も終わり頃、着々と版図を広げる始皇帝を破るには、弱小国燕には、最早、『刺客』を送ることしかできなかった。
そこで、荊軻が刺客として選ばれ、亡命将軍の首と領土献上を手みやげに、始皇帝の前に現れる。
謁見した彼が、献上する領土の地図を書いた巻物を開くと、現れたのは匕首であった。

始皇帝が「しまった!」と叫んだかは知らないが、図のように、始皇帝が逃げ回ったのは確かなようである。
なにせ、殿上には始皇帝以外は、武器を携えてはいけない決まりで、破れば首が飛ぶ。
臣下もどうすることもできないが、身を捨てて助ける家臣がいなかったところを見ると、始皇帝、結構嫌われていたらしい。

散々逃げ回って、始皇帝、ようやく剣を持っていることに気付き、滅茶苦茶振り回したら、運良く荊軻の足を切ることに成功する。
荊軻も、匕首を投げつけるが、惜しくも始皇帝を外れ、柱に突き刺さる。
そして、ようやく臣下に取り押さえられ、彼は八つ裂きの刑に処されたという。

これが元祖『刺客』荊軻の物語で、史実である。
彼は、その人生に一切の歴史的業績を残すことはなかったが、始皇帝暗殺の一事をもって歴史にその名を刻んだ珍しい人物でもある。

『風蕭々として易水寒し、壮士ひとたび去ってまた還らず』
彼が、暗殺の旅に出かけるときに、易水の川のほとりで詠んだ歌だという。

選挙の『刺客』のみならず、ヒットマンとかテロリストの皆さんも、これ位の文学的才がないと、歴史に名は刻めませんぞ!