「地には平和を」 | パイプと煙と愚痴と

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単なるオヤジの愚痴です。

もう、8月である。
毎年、暑くなる夏を恨んでも仕方がない。忙しくなる前に、精々、ブログの記事でも書いておこう。

8月と言えば、一度はこのネタをやらなければならないだろう。
「地には平和を」(小松左京1963)のご一読をお薦めしたい。
短編だから、あらすじは余り書きたくないが、8月15日に戦争が終わらなかった場合を描いたSF小説である。
多分、歴史改変モノ、シミュレーション小説の元祖に近い小説ではないだろうか。

実は、オヤジも大学生の頃、8月15日に戦争が終わらなかった場合について調べたことがある。
もし、歴史通りに終戦にならなかったときは、その年の11月に、動員兵力100万、艦艇1万隻以上に上る、連合国の日本上陸作戦が計画され、準備は着々と進められていた。
さらに、原爆は月一個のペースで生産が始まっていた。

もちろん、日本も各種決戦兵器を準備して迎え撃つ用意はしていた。
それは、決して「蟷螂の斧」ではなく、本土決戦が行われれば、連合国の被害も少ないものではなかったろう。
そこら辺のシミュレーションは、「地には平和を」を読んでみれば参考になるだろう。

「地には平和を」では、狂った時間は正され、今の時間に戻される。
しかし、主人公は、ある種の違和感に悩むことになる。
これは、当時の日本人だけでなく、現代の日本人にも共通する悩みのような気がする。
終戦は、あまりに遅すぎただけでなく、あまりに早過ぎた結果とも言えるからだ。

パラレルワールドの考えからいけば、この宇宙には、8月15日に終戦を迎えなかった宇宙もあるかも知れない。
そんな世界に思いを巡らしてみても良いのではないか。

小松 左京
地には平和を
ちなみに、「地には平和を」は、第1回空想科学小説コンテスト(1961)に入選、同作で第50回直木賞候補(1963)になります。
SFが広く支持されていた時代の小説でもあります。
これまた、隔世の感があります。