靴は2足 | 人間でいたい

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愛と平和



3月、ばいばーい


嫌いな月ランキング第2位の3月が終わります。

ちなみに第1位は12月です。


3月なげぇーー

長すぎた

おかげさまで、と思うことが増えましたわ。




去年の4月なにしてたんだろ、とカメラロールを見返していたら新卒の入社式用に会社で大量の風船を膨らましていた。

アレはアレで楽しかったなぁ。

戻りたくはないですが…


3月に制作の上長が退職となり、自分が制作の長(おさ)に君臨したのもこのタイミングだったか。


自分、人材業界じゃなかったら毎日さみしくて死んでたかもしれんなと最近になって思う。

正確にいうと、人と関わりたいというわけではなく、人の面白さに触れていないと確実にもっと虚無になってしまっていただろうなという。

まあ人材業界じゃなくても4月というタイミングであれば、色々とあるのかもしれないけど…


昨日はお昼のお弁当をやめて、ずっと「食べたいな」と思っていたつけ麺を食べた。

期間限定で梅のペーストが乗ってるやつ、美味しかったー🌸

今日は雨が降っていて、在宅勤務だった。

小ぶりの雨の中、ドラッグストアにも行った。

それだけの日だ。


ベンチャー企業にいたときは、「できて当たり前」むしろ「もっとやれ」的な空気が常に充満していて毎日疲弊しており、責任が重いのもあって緊張感とプレッシャーがエグかったから(オンラインスクールにも入ってたし)なのか、少し他人から褒められたり優しくされると一筋の光、的な勢いで喜んだり、他人からの賞賛に縋っていたように感じる。

しかし、今の職場は自分が「当たり前」と思うようなことで褒められたりするから、ありがたい環境だなと思う。

例えると、前職はサバンナで1滴の水でも嬉しい!みたいな感じだったけど、今の環境は常に食べるものもあり、食べたいときにそれが食べられるし、その上ドウゾと差し入れをくれる人もいるみたいな感覚で、身を置く環境って大事なんだなと改めて思う。時間的な余裕というか…そういうのも、ね。


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欠けていると感じた飢えみたいなものを、心を、満たしたいなと思って本を読んだり、音楽を聴いたり、文を書いたり、グダグダウダウダして好き放題やったりするでしょ。

そうじゃなくて、なんか疲れたな解放されたいなと思ったときにもそうするわけで。

この2つは、似て非なるものでは?と思った。

疲れているときにそれを判断するの未だにかなりムズいなという気がするんだけど…


今ってSNSとかサブスクとかAIとかで自分の欲しいと思った情報、サービス、娯楽に短時間でたどり着けるじゃないですか。

便利だな〜と思う反面、「自分はこれが欲しかった」という感覚が、いつの間にか、別物にすり変わってしまっているのでは?と感じるときもある。与えられたものの中で完結。それで本当に満足、と思うことばかりかな?って。


一方で、知らなかったことを知る、行ったことのないところへ行ってみる、本を読む、映画を観る、ライブへ行くといった体験は、自分が想定していた範囲からはみ出たところに喜びを見出したり、感動したり、新たな気づきを得たりできるのが良い。遠回りしたり、時間がかかったりすることもあるけれど、その喜びは今の便利なナントカでは代替できないと思う。

それは、自分の中にしかないものだから。

タイミングとかもあるしね。


ふと流れてきた風水関連のショート動画で、玄関に靴を何足も置いておくのは良くない、というのをみた。常に1足で、と。

そういう正しさを犯している、というのも承知の上で、やるせなさ、希望、迷い、期待、そういうのも込めて、今は、靴2足。