

突風が容赦なく襲いかかる中、ようやく吉田大沢を抜け尾根に取り
付く事が出来ました。その一瞬の安堵感による気の緩みか、足を滑
らし、ついに恐れていた滑落を始めてしまいました。それは冬山 超
初心者の私ですら、「ああ、俺の短い人生もここで終わるのだ!」 と、
直ちに理解できるものでした。
と、その瞬間、突如、頭の中を、グルグルぐる!っと、16年の人生
で出会った懐かしい人々、思い出深い経験などが回り始めたでは
有りませんか!?
これが、世に言う、死に直面した際に起こると言われる 『走馬燈の
ように!』 現象なのか、と分かった時、幸運にも滑落は止まってくれ
たのです(知らないうちに、4本爪のアイゼンが、氷の斜面を必死に
蹴っていたようです)。 その際、右手は無意識にズボンのポケットを
シッカリと握りしめておりました。そこには、 敬愛してやまない祖母
からもらった「お守り」があったのです。
恐る恐る立ち上がり、その後も氷雪の尾根を慎重にヘバりつくように
一歩一歩登りつめて行きました。途中、オシッコをするときなどは、
右手・両足の3点で斜面を支え、うつ伏しながらしたものです。不用
意に立ち止まったまますれば、アッという間に大沢に吹き飛ばされて
しまう危険があるからです。また飲食に適した場所なぞあろう筈も無
く、ほとんど飲まず食わずでした。
渦巻き逆巻き荒れ狂う烈風の中、死の恐怖と戦いながら、何度も
何度も 「もはや生きては帰れない、俺はここで死ぬのだろう!?」
と、不思議と覚悟は出来ておりました。ただ、「天が我を必要とするな
ら、俺は必ず生きて帰れる。だが、天が必要としないなら、間違いな
くここで死ぬ!」 とも思っておりました<この項の下書き中、まざ
まざと当時の厳しい状況を思い出し、何故か、クックック!と、しば
しの嗚咽を禁ずることは出来ませんでした(*_*) >。
標高が上がるにつれ足元の氷も堅さを増し、いちいち蹴り込まない
とアイゼンが食い込まず、そのため体力も相当 消耗しておりました。
登頂を始めて6時間ばかり、昼12時頃、フラフラになりながらヤット
の思いで頂上の白山岳に辿り着きました。
そこの東屋には、二人の慶大山岳部の山男がおりました。彼等と目
が合ったとき、まるで幽霊でも見たかのように、驚きのマナコで暫し
私を見つめておりました。そして、「君! どこから来たの?」 「ハイ、
この尾根を登ってきました」、と応えると、改めて「え~ホント! この
悪天候の中をピッケルも無く、屏風尾根を!?」 と、再び信じられな
いものを見たかのように、唖然としておりました(私の知る限り、この
日、屏風尾根を登った人は誰もおりません)。
東屋で、ようやく昼食にありつき、その際、ミカンの缶詰は半分凍って
ガサガサと音を立て、水筒もほとんど氷状態でした(この時、手足の
半分も白くなり、ガチガチの凍傷にかかっておりました。有り難いこと
に、後遺症などはありませんが。でも、危ないところでした)。
下山を始める彼等に同行を願い出ると快諾され、まずは一安心と言
うところです(こんな心強いことはありません)。 吉田口頂上を経由し
ての下山中(本来、このコースを往復の予定だった)、彼等は「あのと
きは子供が突如、湧いてきたかのように現れたので、本当にビックリ
したよ!」と語っておりました。私は童顔のせいか、初め小学生に見
られてしまったようです(苦笑)
8合目で、完全装備の彼等は吉田大沢を下るというので、ピッケルの
ない私は同道できるワケも無く、ここで別れました。幸い、この頃に
は悪天候も大分治まって来ており、怖い目に遭う事もなく、無事、5合
目の森林限界地点まで戻りました。
<もし、当時の二人のお方が、縁あってこのブログをお目にした際は、
改めて御礼申し上げますm (__)m >。
重いリュックの肩への食い込みに耐えながら、それより、暗闇の中を
ひとりトボトボと5~6時間歩き、富士吉田駅(今は富士山駅と改名)
に到着しました(冬期は当然、バスなど有りませんので。駅から1合
目まで約12km)。 夜遅く、ようよう帰宅でき、全身をドット疲れが襲っ
てきたのを、今さらのように覚えています。
翌朝の新聞を見て、私は卒倒しました! ナント、安全と言われる、
冬富士定番コースである吉田口ルートで、登山者が3名も死んでい
たのです!(マスコミの大ニュースとなりました)
軽装備で熟達者コースを登った私が助かり、安全なコースを取った
冬山完全装備の山男が3名も滑落死した!
この、あり得ないほどの現実!
この時ほど、生かされてしまった運命的自己について、つくづく と考
えさせられたことはありません。精神世界や不思議現象に興味を持
ったのはこの時からです。
(続く)
<今月14~15日にかけ、山梨県全域に大雪が襲い、富士山でも
遭難があり、救援隊が向かったそうです。その場所とは、何と1合
目! 以下は、その際ネットから拾った声です>
・冬富士はプロの登山家でも侮れない恐ろしさだと聞いたぞ!
・冬の富士山は死の山 !
・独立峰だから冬の期間は相当厳しい状況になり、ヒマラヤのチョモ
ランマとかに登る隊が訓練に行くとか聞くよ。強風で吹き飛ばされ
て亡くなった事故とかもあったし。
<添付写真説明 1枚目。コース図(およそこんな感じ)>
A:赤丸点→大沢の真ん中で、屏風尾根コースを決断した所。
黄色丸点は滑落場所。
B:屏風尾根コース
C:白山岳頂上
D:吉田口頂上
E:吉田口ルート
F:吉田大沢
<添付写真説明 2枚目>
当日は、写真のように、山も里も一面の銀世界でした。




