<祖母の祈り & 秘かな自覚>
2014-12-08 21:21:03 | 日記
「生長の家」の熱心な信者であった祖母には3人の子がお
りました(尚、私も母も無宗教です)。 女・女・男で、母は
次女となります。余談ですが、親族が言うのも何ですが、
長女の伯母は綺麗な人でした(傾城と言うほど)。母ととて
も仲良しでしたが、残念ながら、60早々にしてクモ膜下で
他界してしまいました(母の悲しみは如何ばかりか、と)。
サテ、私の叔父ですが、戦前、三和銀行員(今は三菱UFJ)
のまま徴集され、当時、玉砕報道がたくさん流されていた
(ガダルカナル、ペリリュー、マキン、タラワ・・・)南方の戦地
に赴きました。
祖母にとってはたった一人の大事な総領息子です。
毎日、朝晩、神仏にひたすら、息子の無事な帰還を祈念し
ておりました(この事は、子供の時に母から聞かされていま
した)。その祈りが通じたのか、叔父は、戦後直ぐ、五体満
足で無事復員して来ました。
話は、ズ~ッと下って、私が大阪転居後のことです。
叔父が我が家に逗留した際、戦地での驚くべき体験話をし
てくれたのです。
ある時、10人ほどでトラックに乗って移動中、トラックごと谷
底に転落し、一人を除いて全員死亡。叔父だけが助かっ
た! しかも無傷で!!! と言うのです。
この時、私は、祖母の祈りは決して無駄ではなかった、「至
誠天に通ず」 とはこのことに相違ないと確信したわけです。
こんな奇跡は(五体満足で直ぐ戻られたことも含め。これが
満州なら、ソ連に5~6年も抑留され、更に苦しい重労働が
待っていた)、偶然であるはずはなく、祖母の祈りが奇跡を
呼んだ、と思うほうがヨッポど自然と思うからです。
ついでに申しますと、私の父は強健だったお陰か、本土決戦
要員として、戦地には行かず、日本に温存されました。代わ
りに内地で徴用され、軍事工場の「日本鋼管」で働きました。
当時、日本「鋼管」は命の「交換」と揶揄されたほど(笑)、
厳しい仕事だったそうです。
戦地に赴けば、否応なく人を殺すことになります。私は、この
世に生まれる際、どの人を父親に選ぶかにあたり、やはり、
人を殺していない人が良い、と言うワケで父を選定したもの
と思われます<死後、ハッキリするでしょう(爆)>。
話かわって、私には秘かな自覚があります<記事にした時
点で秘かではありませんが(笑)>。
毎朝、水シャワーを浴びていますが、前々回、書きましたよう
に、これは現代版 「水垢離」 だと確信しました。人類70億
として、毎朝、水シャワーを浴びている人は一体何人居るで
しょう?(そもそも、水ごりを取る民族は日本人以外に居るの
でしょうか?) しかも、『水ごり』 と自認した時点で、単なる
水シャワーを離れ(健康の為など)、崇高な使命感(志)もが
湧き上がって来る気がするから不思議です(世のため人の
ため、のような)。
このように『志』 をもって水ごりする人は更に絞られ、つまり
は今日、全人類中、使命感を持って水ごりする人間は、ほと
んどいないワケで(宗教家などプロを除いて)、正に「天の恩
寵を受けた人だけが出来る行為」 と思わざるを得ないので
す<ですので私は、天の配慮を受けていると(勝手に)思い
込んでいるので、この世に余り怖いモノは無いのです。命も
惜しいとは思いません>。
天の支援・了解・指導等がなければ、たとえ水ごりしたいと
思っても、風邪を引いたり、体を壊したりで、継続は困難か
も知れません。
この点、早や3年に亘って、風邪一つ引くことなく元気に続け
られるのは、天の援助(恩寵)あってこそ、と思っています。
近頃の寒い朝など、時に挫けそうになりますが、この自覚の
お陰で、何とか頑張っている次第です^^;
次回は、『私の身に起こった数々の符牒(仮題)』です。
2014-12-08 21:21:03 | 日記
「生長の家」の熱心な信者であった祖母には3人の子がお
りました(尚、私も母も無宗教です)。 女・女・男で、母は
次女となります。余談ですが、親族が言うのも何ですが、
長女の伯母は綺麗な人でした(傾城と言うほど)。母ととて
も仲良しでしたが、残念ながら、60早々にしてクモ膜下で
他界してしまいました(母の悲しみは如何ばかりか、と)。
サテ、私の叔父ですが、戦前、三和銀行員(今は三菱UFJ)
のまま徴集され、当時、玉砕報道がたくさん流されていた
(ガダルカナル、ペリリュー、マキン、タラワ・・・)南方の戦地
に赴きました。
祖母にとってはたった一人の大事な総領息子です。
毎日、朝晩、神仏にひたすら、息子の無事な帰還を祈念し
ておりました(この事は、子供の時に母から聞かされていま
した)。その祈りが通じたのか、叔父は、戦後直ぐ、五体満
足で無事復員して来ました。
話は、ズ~ッと下って、私が大阪転居後のことです。
叔父が我が家に逗留した際、戦地での驚くべき体験話をし
てくれたのです。
ある時、10人ほどでトラックに乗って移動中、トラックごと谷
底に転落し、一人を除いて全員死亡。叔父だけが助かっ
た! しかも無傷で!!! と言うのです。
この時、私は、祖母の祈りは決して無駄ではなかった、「至
誠天に通ず」 とはこのことに相違ないと確信したわけです。
こんな奇跡は(五体満足で直ぐ戻られたことも含め。これが
満州なら、ソ連に5~6年も抑留され、更に苦しい重労働が
待っていた)、偶然であるはずはなく、祖母の祈りが奇跡を
呼んだ、と思うほうがヨッポど自然と思うからです。
ついでに申しますと、私の父は強健だったお陰か、本土決戦
要員として、戦地には行かず、日本に温存されました。代わ
りに内地で徴用され、軍事工場の「日本鋼管」で働きました。
当時、日本「鋼管」は命の「交換」と揶揄されたほど(笑)、
厳しい仕事だったそうです。
戦地に赴けば、否応なく人を殺すことになります。私は、この
世に生まれる際、どの人を父親に選ぶかにあたり、やはり、
人を殺していない人が良い、と言うワケで父を選定したもの
と思われます<死後、ハッキリするでしょう(爆)>。
話かわって、私には秘かな自覚があります<記事にした時
点で秘かではありませんが(笑)>。
毎朝、水シャワーを浴びていますが、前々回、書きましたよう
に、これは現代版 「水垢離」 だと確信しました。人類70億
として、毎朝、水シャワーを浴びている人は一体何人居るで
しょう?(そもそも、水ごりを取る民族は日本人以外に居るの
でしょうか?) しかも、『水ごり』 と自認した時点で、単なる
水シャワーを離れ(健康の為など)、崇高な使命感(志)もが
湧き上がって来る気がするから不思議です(世のため人の
ため、のような)。
このように『志』 をもって水ごりする人は更に絞られ、つまり
は今日、全人類中、使命感を持って水ごりする人間は、ほと
んどいないワケで(宗教家などプロを除いて)、正に「天の恩
寵を受けた人だけが出来る行為」 と思わざるを得ないので
す<ですので私は、天の配慮を受けていると(勝手に)思い
込んでいるので、この世に余り怖いモノは無いのです。命も
惜しいとは思いません>。
天の支援・了解・指導等がなければ、たとえ水ごりしたいと
思っても、風邪を引いたり、体を壊したりで、継続は困難か
も知れません。
この点、早や3年に亘って、風邪一つ引くことなく元気に続け
られるのは、天の援助(恩寵)あってこそ、と思っています。
近頃の寒い朝など、時に挫けそうになりますが、この自覚の
お陰で、何とか頑張っている次第です^^;
次回は、『私の身に起こった数々の符牒(仮題)』です。

















