<祖母の祈り & 秘かな自覚>
2014-12-08 21:21:03 | 日記
「生長の家」の熱心な信者であった祖母には3人の子がお
りました(尚、私も母も無宗教です)。 女・女・男で、母は
次女となります。余談ですが、親族が言うのも何ですが、
長女の伯母は綺麗な人でした(傾城と言うほど)。母ととて
も仲良しでしたが、残念ながら、60早々にしてクモ膜下で
他界してしまいました(母の悲しみは如何ばかりか、と)。
サテ、私の叔父ですが、戦前、三和銀行員(今は三菱UFJ)
のまま徴集され、当時、玉砕報道がたくさん流されていた
(ガダルカナル、ペリリュー、マキン、タラワ・・・)南方の戦地
に赴きました。
祖母にとってはたった一人の大事な総領息子です。
毎日、朝晩、神仏にひたすら、息子の無事な帰還を祈念し
ておりました(この事は、子供の時に母から聞かされていま
した)。その祈りが通じたのか、叔父は、戦後直ぐ、五体満
足で無事復員して来ました。
話は、ズ~ッと下って、私が大阪転居後のことです。
叔父が我が家に逗留した際、戦地での驚くべき体験話をし
てくれたのです。
ある時、10人ほどでトラックに乗って移動中、トラックごと谷
底に転落し、一人を除いて全員死亡。叔父だけが助かっ
た! しかも無傷で!!! と言うのです。 
この時、私は、祖母の祈りは決して無駄ではなかった、「至
誠天に通ず」 とはこのことに相違ないと確信したわけです。
こんな奇跡は(五体満足で直ぐ戻られたことも含め。これが
満州なら、ソ連に5~6年も抑留され、更に苦しい重労働が
待っていた)、偶然であるはずはなく、祖母の祈りが奇跡を
呼んだ、と思うほうがヨッポど自然と思うからです。
ついでに申しますと、私の父は強健だったお陰か、本土決戦
要員として、戦地には行かず、日本に温存されました。代わ
りに内地で徴用され、軍事工場の「日本鋼管」で働きました。
当時、日本「鋼管」は命の「交換」と揶揄されたほど(笑)、
厳しい仕事だったそうです。
戦地に赴けば、否応なく人を殺すことになります。私は、この
世に生まれる際、どの人を父親に選ぶかにあたり、やはり、
人を殺していない人が良い、と言うワケで父を選定したもの
と思われます<死後、ハッキリするでしょう(爆)>。

話かわって、私には秘かな自覚があります<記事にした時
点で秘かではありませんが(笑)>。
毎朝、水シャワーを浴びていますが、前々回、書きましたよう
に、これは現代版 「水垢離」 だと確信しました。人類70億
として、毎朝、水シャワーを浴びている人は一体何人居るで
しょう?(そもそも、水ごりを取る民族は日本人以外に居るの
でしょうか?)  しかも、『水ごり』 と自認した時点で、単なる
水シャワーを離れ(健康の為など)、崇高な使命感(志)もが
湧き上がって来る気がするから不思議です(世のため人の
ため、のような)。
このように『志』 をもって水ごりする人は更に絞られ、つまり
は今日、全人類中、使命感を持って水ごりする人間は、ほと
んどいないワケで(宗教家などプロを除いて)、正に「天の恩
寵を受けた人だけが出来る行為」 と思わざるを得ないので
す<ですので私は、天の配慮を受けていると(勝手に)思い
込んでいるので、この世に余り怖いモノは無いのです。命も
惜しいとは思いません>。
天の支援・了解・指導等がなければ、たとえ水ごりしたいと
思っても、風邪を引いたり、体を壊したりで、継続は困難か
も知れません。
この点、早や3年に亘って、風邪一つ引くことなく元気に続け
られるのは、天の援助(恩寵)あってこそ、と思っています。
近頃の寒い朝など、時に挫けそうになりますが、この自覚の
お陰で、何とか頑張っている次第です^^; 

次回は、『私の身に起こった数々の符牒(仮題)』です。







以前、< 巨漢猫 と 高浪池 >で書きましたように、我が家には、
大柄のオス猫ナナ(3才で9kg)が居ます。いつも、外を眺めて寂
しそうにしており(1才くらいの時、半年ほど外に出してしまったのが
失敗でした。凄く出たがっていますが、心を鬼にして出しません)、
可哀想に思い、友達(相棒)を探すことにしました(1匹も2匹も
手間は同じと分かりましたので。流石に3匹以上は無理ですが)。

猫のサイトを見ておりましたら、8月中旬、野良の美猫が4匹の子を
産み、それをレスキュー団体が保護し、「里親募集中」 とあり、早速
1匹を分けて貰いました。10月下旬、1週間のトライアルも無事終
わり、正式に当家の里子となりました。
三毛のメスで900g、名前は「たまみ」です。当初、日本風に「タマ」
にしましたが、タマと呼ぶと、ナナが反応してしまうので(どうも同じAA
母音同士で似ているから?)正式に「たまみ」としました。
先住ナナと一緒にしたところ、ナナは仔猫を毛嫌いし、近寄ると、いつ
も 「フ~ッ! シャ~!」 と威嚇しており(いじめる事はありませんが)、
どうなるかと心配しましたが、最近はずいぶんと慣れてくれました(^o^) 

「たまみ」ですが、これが何というか、とんでもないお転婆娘で、もう、
イタチ以上のすばしっこさ! 向かうところ敵なしの風で、家中を傍若
無人に走り回り、網戸や柱をよじ登っています(*_*) < 「たまみ」 を
見ますと、改めて「ナナ」は本当に温和で優しい猫だと分かりました>。
近頃は、お互い追いかけっこをしたり、組んずほぐれつの格闘戦を演じ
ています(笑) 「たまみ」 は「ナナ」 に一歩も引かず、900gが10倍の
9kgを追いかけ回す姿は、滑稽そのもので、見ていて飽きることはあり
ません(爆笑です!) 
縁あって折角預かった命です。このまま何時までも当家の愛猫として、
仲良く暮らして欲しいと願っています。







今、スピリチャル系(スピ系)で、大注目されてい
る話題の人物に保江邦夫さんがおります。
氏は、岡山のノートルダム女子大の物理学教授にし
て、キリスト由来の活人術、「冠光寺流柔術」(愛
魂道)の創始者でもあり、全国の道場を飛び回って
います。
ブログ大家の井口和基氏(理博)によれば、保江氏
は大物で、本物中の本物。物理学における世界的業
績も残している、と絶賛しています。
保江氏には沢山の著作があり、私も、以下の4冊を
読みました。
1)愛の宇宙方程式(合気道を追い求めてきた物理
  学者のたどり着いた世界) 2012/9/27刊
2)伯家神道の祝之神事を授かった僕がなぜ(ハト
  ホルの秘儀inギザの大ピラミッド)13/6/30刊
3)予定調和から連鎖調和へ(アセンション後、世
  界はどう変わったか) 13/9/27刊
4)古神道《神降ろしの秘儀》がレムリアとアトラ
  ンティスの魂を蘇らせる時  14/3/31刊

これらの書物で明かされたこととして、氏の故郷は
アンドロメダ銀河。そこの女王より、3隻の宇宙艦
隊統括司令官に任命され、シリウス星系へ。シリウ
スでは、名をアシュターと名のり、宇宙センター司
令官(コマンダー)に。そのまま地球へ人間として
転生する・・・・と、スピ系とは無縁の人が聞いた
ら卒倒する(ブっ飛んでしまう)ような話が、これ
でもか、と綴られています。
そして地球では、矢作という、とても懐かしい感情
を抱く人物と感動的邂逅を果たします。それもその
筈、矢作氏は保江氏の宇宙センター司令官時代の副
官! だったからです(それにしても、シリウスの司
令官、副官ともども、現代の日本人に転生するとは、
やはり、日本には何かがあるのかな?)。
『愛の宇宙方程式』では、矢作直樹氏(実は、東大
医学部教授)は、「この人生で、神意を理解するこ
との素晴らしさ・・・!」との序文を寄せています。
私も、これらを、『私の人生と対比』しながら一気
に読み、ムチャクチャ面白かったとともに、大いに
参考にさせてもらいました。皆様にも、一読をお勧
め致します。

サテ、『愛の宇宙方程式』には、とても気になるこ
とが書かれておりました。
四国・剣山(元の名:鶴亀山=ツルギ山)の直下か
ら徳島へ向かう国道438号上に、約10kmに亘って
『コリトリ ○km』の立派な標識が、何と500m
置きに設置されているそうで、国道上に於ける同一
地点への500m置きの標識などは前代未聞とのこと。
しかもこの標識は、国土交通省ではなく、宮内庁が
設置したとは、またまたビックリです(宮内庁とは
ナンデや~?)。
ドライバーとしては、コリトリには一体何があるの
だろう? と大いに期待が膨らむわけですが、しか
し、現地に到着してみると、そこには公衆トイレが
ポツンとあるだけで、何~んも無 いそうで、ガッ
カリと言うところです。
ただ、何も無いとは、人が集まらない所。故に、何
か重大なものを秘匿するにはピッタリの場所とも言
えそうです。そして、重要な場所なので、目的ある
人にはシッカリと伝えるために(重要さを強調する
意味も含め)、500m置きの立派な標識をワザワ
ザ宮内庁が! とも感じ取れます(主に、外人向け
に作られた気がする~?)。
それと、ここは、昔は(今も)、聖なる山、剣山へ
の登山道入口であり、「コリトリ」とは「古里鳥」
と書き、鳥は鳥居で入口を表し、「古里(フルサト:
故郷)への入口」と言うわけ。
もう一つの説は、「垢離取(コリトリ)」で、垢離
とは、水をかぶって神仏に祈念・祈願する 『水垢離
(水ごり)』の事(そういえば、昔の日本人なら普
通の祈願法でした)。現在も、この登山道を入って
直ぐの所に、昔の水垢離場(行場)があるそうです。

また、同書によれば、イスラエルの新任大使が、ま
ず行う3つの事として、
1)天皇に謁見して信任状を手渡す。
2)総理大臣に挨拶する。
3)そして驚くべきは、剣山に詣でる事(絶句!)  
だそうです。
剣山には言わずと知れたソロモンの秘宝(アーク:
聖櫃)伝説があり、今も多くのユダヤ人が(お忍び
も含め)訪れている事は周知の事実です(諏訪にも)。
『愛の宇宙方程式』紹介の『北イスラエル十部族の
大移動』(大杉博著)によれば、BC700年前頃、
世に言う、「消えたイスラエル十氏族(この末が天
皇家?)」が淡路島に到着し、しばらく定着の後、
四国に入り、吉野川から剣山に登り、頂上部に秘宝
を隠した。その道筋がコリトリだそうです。
現在も、毎年7/17、1955mの山頂へ神輿(アーク)
を担ぎ上げる神事<神輿渡御(みこし とぎょ)>
が盛大に行われています。 7/17はノアの箱舟が、
アララット山に漂着したユダヤの聖なる日であり
(新たな始まりの日)、祇園祭のクライマックスで
ある、山鉾巡行の日でもあります<祇園(ギオン→
シオン)祭は、古代イスラエルのシオン王の祭りが
ルーツ?>。
同じく同書紹介の『空海の暗号と暗示』(大杉博著)
には、唐の皇帝が、この秘宝を狙って日本侵攻を企
て、これを察知した朝廷は空海に防護策を命じ、空
海は、88ケ寺の四国お遍路を造りながらも、そのど
こからも剣山を見えなくして隠した、と書かれてい
ます<大杉博氏は後に、秘宝は頂上では無く、行場
に隠されている、と訂正されたとか?   ムム!? 
コリトリも行場・・・(笑)>。

余談ですが、日本は古来より「言霊の幸(さき)は
ふ国」と言われています<『言霊百神 (小笠原孝次
著)』など参照。長らく絶版でしたが、最近、伯家
神道宗家の七沢賢治氏(小笠原先生のお弟子さん)
が再刊>。
以下は、昨年、仕事仲間からもらったメールですが、
とても有益と思いますので皆様にシェアさせて頂き
ます。

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<言霊について>
アイウエオ50音は言霊で、50音それぞれが神を
表し、例えば、「ヒミツ」なら、ヒ=火の神、ミ=
水の神、ツ=土の神、を表現します。
皆さんの苗字は神様の名前の集合体です。苗字に使
命が宿ります。そして、名前には更にするべき具体
的なメッセージが組み込まれています。
最初の神様が『あ』、最後の神様が『わ』になりま
す(『ん』は特殊なので除く)。
最初の『あ』は伊佐那海(イサナミ)の尊(みこと)。
最後の『わ』は伊邪那岐(イザナギ)の尊です。
日本神話上初めての夫婦です。この二神が作ったも
のが淡路島です。
淡路島の意味は、『あ』から『わ』まで最初から最
後の神様が通る道『路』、即ち 『あわ路』 に由来
します。日本が神の国と言われるのは、神の国から
淡路島を通って降りてきたからと言われています。 
そして、神様が淡路島に降りてきて人間の世界に入
る『扉』を開いたのです。その扉は神様が開いた扉
なので『神戸』となります。
その後に、神様が住んたところが、『住むことを始
める国』です。『始国』でシコクと発音します。
今は4つの県から成るので『四国』と漢字が変わり
ました。四国の4つの県、高知県、徳島県、香川県、
愛媛県。それぞれの県庁所在地は、高知市、徳島市、
高松市、松山市です。
平仮名に書き換えると、『こ』うち、『と』くしま、
『た』かまつ、『ま』つやま、『』だけを並べると、
『こ』『と』『た』『ま』、言霊(ことだま)とな
ります。
世界中で色んな言語が使われていますが、日本語ほ
ど言葉にエネルギーを持つ言語はありません。
一文字一文字が神様の名前なので、言霊(ことだま)
となり、善にも悪にも、無にもなります。
物には全て名前があります。
その名前が決まった時からその名前での役割を果た
します。例えば、服(ふく)はずっと服です。刀
(かたな)はカタナです。
人の名前も同じように、名はその人を表します。
言葉と名前はとても大切な意味を持っています。
この名前を観て判断した人が阿倍晴明です。陰陽師
として有名です。阿倍晴明は、人の名前を観て判断
したのです。
そのために、阿倍晴明の判断はとても重要な情報と
して信頼性が高いものでした。
阿倍晴明の判断の基準は、姓名です。
「晴明」と「姓名」の発音が同じなので、最初は、
阿倍晴明の判断だったものが、阿倍晴明の姓名によ
る判断となり、「姓名判断」となりました。
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以上となりますが、昔の人は、当時、最新技術を携
えて渡来した「イスラエル十氏族」を、「神々」と
捉えたのかも知れませんね。また、言霊と淡路島の
話は、吉野川から剣山に赴く、保江氏の本とも重な
りますね。

サ~テ、少しもどって、再び 『コリトリ』 です。
今年の年賀状にも記してしまいましたが、私は2年
ほど前から、毎朝、水シャワーを浴びています<真
冬と違い、唯今はとっても快適です(^o^) >。
それで、フト、これは現代版『水垢離』ではなかろ
うか? と気づきました。
『水垢離』の本来の意味は、神仏への祈願では無く、
自らの、精神・霊魂に付いた、汚れ・穢れを洗浄す
る唯一の方法が水垢離だそうです<水で垢(アカ)
を離す>。
体(肉体)の汚れは石けんやシャンプーで落とせま
すが、霊的、内面的汚れを落とすのは、石けん・シ
ャンプーでは落とせず、落とせるのは水のみとの事。
つまり私は、2年ほど前より、天から命じられて(?)、
精神・霊魂の汚れをセッセと落としていた、とも受
け取れる訳です<自己流の勝手な解釈です(-_-;) >。
幸いと言うか、私は30年ほど前から、肉食を極力
避けています。この点、肉食の害(成長ホルモンや
抗生物質まみれによる健康障害。及び、食われる動
物の悲哀や怨嗟の念=霊障)は少ない筈ですが、に
もかかわらず、未だに水シャワーとは、私の御魂
(ミタマ)に付着している汚れは、可成りのものと
想像されガックリ来ます(*_*) 

何れにせよ、コリトリは大阪から近いこともあり、
近く、一度訪れてみようと思います。
計画として、初日は和歌山からフェリーで徳島へ。
それより、剣山スーパー林道(全長88kmの日本最長
のダート道。88ケ寺と一致しますね。偶然とは思え
ません)を走って、高知県最奥の物部村に1泊(古
神道の「イザナギ流」が唯一残る秘境の村)。
翌日は、国道439号<1車線のクネクネ山道で、別名、
与作(439:ヨサク)酷道>から剣山へ行き(時間
があればリフトで頂上往復)、それより国道438号
に入って、いよいよコリトリへ。周辺散策後、徳島
に戻りフェリーで和歌山経由、帰阪と言うコース。

果たして、「コリトリ」で一体、何が待っているの
か!? 今からワクワクしているところです(^o^) 

写真は山頂への神輿渡御。アーク(聖櫃)。500m
ごとのコリトリ標識。








先日の8/5、「mixiニュース」に、
<すごく……大きいです…。4リットルペットボ
トルよりもデカイ猫> の面白い記事が紹介され
ておりましたので、急遽この日記を投稿します。

ニュース
(http://otakei.otakuma.net/archives/2014080501.html)
には、
『スヤスヤスヤ~と気持ちよさげに寝ている猫の
写真が、Twitterで先日話題になっておりました。
一見すると猫が寝ている普通の写真。しかし注目
なのが、右に置かれたペットボトル。こちら500ml
ではなくなんと4リットルのペットボトル! そう、
実はこの猫、撮影当時は10キロの巨漢猫だったの
です。
飼い主のT翼さんによると、写真の猫=レオン君は
以前獣医さんから「肥満ではなくガタイがデカイ」
と言われたそうで、健康過ぎて育ちすぎた結果が
この大きさなのだとか。
ただ、写真の頃は少しぽっちゃり気味だったとか
で、現在は獣医が言うこのサイズ標準の8キロくら
いまで落としているそうです。
ちなみにこの写真の用途ですが、お友達などにレ
オン君のデカさを伝える時用のものなんだそうで
すよ。
協力:T翼さん(Twitter:@Tsubasaya_info)』
と、掲載されておりました。

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サテ、となりますと、記事のレオン君は唯今8キロ
です。私のプロフィール中にある愛猫「ナナ」は、
現在9kgなので(2年前より今日まで変わらず)、
レオン君よりもデカイと言うことになりますね! 
<ナナ! よかったなぁ~! そのうち、君にも
取材がくるぞ!(爆)>。

ナナが巨漢に至った経緯を記しますと・・・・
プロフィール写真に写っているナナは生後4ヶ月
ほど。プロフィールを書いていた時は、生後、半
年程の9月末でした(この時、すでに3.7kg!)。
その2年後は、ナッ何んと! 9kg超に【絶句!】 
(幸い、10kg以上にはなりません。掲載写真は、
2012.8.15撮)。 
健康診断時(4kg台)、病院から、5kg以上には
させないで下さいね! と言われていたにもかか
わらず、巨大化してしまいました(;_;) 
しかし、決して甘やかした訳では無く、だらしな
く育てた記憶もありません。エサも規定量しか与
えず、本人も家中を元気に走り回っており、健康
そのもです。<なのに、ナンデや~?> 

【姫川薬石】 
実は、3年ほど前、新潟の糸魚川で「姫川薬石」
を採取してきました。以降毎日、ナナの水のお皿
に、1ヶを入れ、今日までズ~ッと飲ませていま
すが、このせいとしか考えられないのです。
根拠として、姫川の源流部に「高浪池」と言う、
風光明媚な池があります。周囲を姫川薬石で覆わ
れたこの池には、驚くことに4mもの鯉が生息し
ているのです! 名前も鯉太郎と名付けられ、池
畔には実物大のレプリカも置かれています。
なにか、この姫川薬石には生物を巨大化する作用
が有るみたいなのです(放射能も排出する、と一
部で言われています)。
魚類の鯉、哺乳類の猫・・・・とくれば、当然、
人間の子も大きくなるのではないでしょうか? 
将来、スポーツ選手に育てたい親御さんは、ご検
討してみたら!? ただし自己責任でネ(爆) 
手持ちの薬石も無くなってきましたので(皆にあ
げたので)、涼しくなったら、また採取してこよ
うと思います。

ついでに「高浪池」を紹介しておきましょう。
松本から大糸線沿いに日本海に向け北上し、風光
明媚な白馬岳の麓を通過後、途中より国道を左に
折れて山道に入り、しばらく進むと姫川源流に達
し、 絶景の「高浪池」が現れます。 地元では、
「日本のスイス」と呼んでいるほどです。近くに
は、龍神が住むという、それはそれは立派な、轟
音を発して落下している雄大な「不動滝」もあり
ます(落差70m? この滝も必見です)。
この高浪池の底と周囲が姫川薬石で覆われており、
4mもの鯉が生息しているわけです(私も水面近
くを泳ぐ、大きな魚影を見ました!)。
写真のように絶景地なのですが、にもかかわらず、
余り知られてはおりません。狭隘な山道の上、冬
季は雪で閉鎖されてしまうからでしょうか? 
皆様も、機会があれば、一度訪れてみてください。
感激しますよ!
<大阪から、姫川薬石を拾いに行くときは、途中、
いつも白馬ハイランドホテル(安い!)に一泊し
ます。ここの露天風呂から眺める、白銀に輝く眼
前の白馬三山は、ただただ圧巻のひと言です!>

<写真1枚目はレオン君。2枚目はナナ。3枚目
は高浪池(石取り仲間の写真を拝借しました)>。








前回の続きです。

「666」は「反キリスト」を表す数字とも言われます。
ここに皆様ご存じの魔法陣(3×3三方陣とも)があります。
縦・横・斜、どちらの列の合計も15となる数字の配置です。
フリーメーソン・イルミナティは色々な儀式や、高次の存在を
召喚する際などに多用します。
この魔法陣に前回のフリーメーソンの紋章を重ねますと、
掲載図のようになります。
すると、定規部分は、3+1+7=11。
コンパス部分は、8+9+6=23、コンパスの足は2本
なので、23×2=46、 となり、前回述べた、『11』と
『46』 の数字が 浮かび上がります(11、22、23、
33、46等はユダヤの聖数です。 また、旧約聖書の
『詩篇第46篇』は「大災害」を語っているそうです)。

真ん中の 『G』 はGod、すなわち 『神』 でフリーメソンの神、
「ルシフェル(光をもたらす者) 」を意味します。「光をもた
らす者」とは言いますが、西洋では「堕天使であり魔王サタ
ン」と呼ばれるのが普通です。 但し、キリスト教では自分
以外の力のある神は全てサタン扱いです(笑)。
『G』は魔法陣の『5』に位置しています。『5』は魔法陣の
中心にして、1~9の数字の真ん中でもあり、神の位置に
相応しいからですが、実は、日本語の 『5(ゴ) 』だから 『G』
(ゴっど)な訳なのです<これ、ホントですよ(笑)>。
この魔法陣ですが、日本では陰陽道の術としても使われて
います。魔法陣の網を張り、魔をくくり、取りさるわけです。
著名な陰陽師、安倍晴明の家紋は写真(パワースポット
として人気のある、京都の安倍晴明神社)のように五芒
星<星満(セーマン紋)>です。この五芒星の符呪を以
って、「式神」を使役し、魔を退治したのは野村萬斎主演
の映画などでお馴染みです。
ここで、アルファベットの数置法を使って安倍晴明を見て
みましょう。アルファベット26文字を、Aから順に数字を付し
ます(A=1、B=2、、、Z=26のように)。
『ABE SEIMEI』は1+2+5+19+5+9+13
+5+9=68=6+8=14=五 よって五芒星の
紋となるわけです<ホンマかいな?(笑)>。

さて、キリスト教(西洋)では、666は反キリスト、獣の
数、悪魔の数字、と散々な言われようです。 実際、戦後、
直ぐ、連合国(白人国)は、2度と有色人種の日本が、
白人に立ち向かわないように、日本中を悪魔の数で霊的に
封印しました。その一例が、前回お話しした、(ごく一部を
除く)全てのラジオ局の666周波数による封印なのです。
それで、結果はどうなったかと言えば、あの、一木一草も無
い一面の焼け野原から、日本は奇跡の復活を遂げ、アレヨ
アレヨという間に、第二の経済大国へと大躍進したのです。
何故かと言えば、日本では「666」は「弥勒(ミロク、三
つの六)」として、実に縁起の良い数として認識されている
ので、至極、当然な訳なのです<因みに、私の本名をアル
ファベット置換してみると、18、即ち、666となります。また、
拙宅は海まで600m程ですが、標高はピッタリ33mで、噂
される東南海地震・津波にも安心です(爆)>。

KKK団<Ku Klux Klan クー・クラックス・クラン。 アメリカ
の白人至上主義を唱える秘密結社>と言う、有名な人種
差別組織が古くからあり、未だに黒人差別に邁進していま
す。この上部団員の可成りが、フリーメーソン員と言われ
ています。トルーマン大統領もその一員だそうで、有色人種
の日本への残酷な原爆投下も躊躇しなかったワケです。
この、KKKのアルファベット置換はK=11なので、11の
3つ。つまり、11.11.11の「スリー11」となり、3/11の
東日本大地震も決して偶然とは思えなくなります(今後も、
311のイベント注意です)。

以上は、書物や、ネットを渉猟すれば、だいたい記されてお
りますが、ここで、666に関する私なりの考えを追加して
みたいと思います。
ヨガでは尾てい骨(ムラダーラ)から頭頂(サハスラーラ)
に至るまでに、7つの霊的センター(チャクラ) があると教えま
す。更に、チャクラに併行して、イダ・ピンガラ・スシュムナー
の見えない3管が走っているとも(病気とは、この霊管の
つまりだそうです)。
フリーメーソン紙幣である1ドル紙幣の裏には、ピラミッドの
中の目(ピラミッドアイ)と言う、万物を見通す目(チベット
僧院や仏像に印字されている「第三の目」に同じ)が描か
れています。この「第三の目」のある位置は、眉間にある六
番目のアジナーチャクラです。ここにも、先ほどの見えない3
管が走っている訳で、つまりは「イダ6・ピンガラ6・スシュム
ナー6」から「666」が生まれたものと推察しています。
と言うことは、彼等フリーメーソンは頭頂のサハスラーラチャ
クラには到達していないと予想でき(達していれば、目立
ちたがり屋の彼等は、必ず誇示する筈)、それも当然でし
ょう。サハスラーラチャクラは、神にして創造の領域だから
です。
この七番目は絶対にして唯一の存在であり、この下の六番
目から相対の世界が生じており、彼等は相対界の頂点に
達し、先は見通せるかも知れませんが、創造は出来ないと
言うことです。このことは弥勒(ミロク 666)にも充当し、
弥勒は頂点にいる如来の、一段下の菩薩の位置づけであ
る事からも明らかです。
                    (了)


次回は、<四国・剣山と不思議な【コリトリ】 > (仮題)を。

<参照>
・2011/11/25 緊急時の呪文
・2011/11/29 三十三間堂の秘密とクンダリニー
・2011/12/5  ファラオの杖とクンダリニー

<写真はネットから拝借しましたm(_ _)m  >


「666(6+6+6=18 )」 の数字は、世界を陰から
動かすと恐れられている秘密結社フリーメーソン(及びその
上部団体イルミナティ)が好んで多用する数字です。聖書
の黙示録で、獣の数としても有名です(悪魔の数とも)。 
最近の 『666』 の事例を書き出してみます。
これからも増えていく事でしょう! 

★911同時多発テロ 2001.9.11(911は映画ター
 ミネーターで予告された数字) 8:46
★311同時多発地震(3連発)2011.3.11(ご丁寧
 に、2+1+1+3+11=18でも) 2:46
 911と311を比較すると、10年の時をあけて、ピッ
 タリ6ヶ月と6時間差。
 311は第二次世界大戦からも66年目。 また、
 2:46のグリニッジ標準時(+900)は5:46で阪神地
 震とドンピシャリ! 
★映画「ロサンジェルス決戦」宇宙人攻撃開始日は、 
 2011.4.11 2:46
★阪神淡路地震 1955.1.17(1+17=18) 5:46
★ロサンジェルス地震 1994.1.17(18) 5:46
★スペイン・マドリッドの列車爆破事故 2004.9.11。
 これは911から丁度911日後(911,911,911)。
★映画マトリックス(日本公開日は 1999年9月11日)
 の主人公のID日付が2001年9月11日
★東京タワー:333m(666÷2)
★東京スカイツリー:634m+地下部分32m(?)=
 666m
★垂直方向は90度。地軸の傾き23.4度。
 90-23.4=66.6
★四川地震:5月12日  ・ハイチ地震:1月12日 
 ・チリ 地震: 2月27日
 縦に読んでも横に読んでも『512112227』 
 しかも 同緯度、同経度。

パキスタン大地震(2005).10.8=10+8=18
青海省地震(2010).4.14=4+14=18
阪神淡路 (1995).1.17=1+17=18
ロサンジェルス地震(1994).1.17=1+17=18
湾岸戦争 (1991).1.17=1+17=18 
サンフランシスコ地震(1989).10.17=1+17=18

★沖縄を除く全ラジオ局周波数が 『666』 
 NHK第一:594khz=5+9+4=18/NHK
 第二:693/TBS:954/NHK第一大阪:
 666/文化放送:1134/ニッポン放送:1242
 /ラジオ日本:1422・・・
(1000以上は、真ん中で仕切り、例えば1422→
14+2+2=18と読む)
 
●山本太郎の獲得票:666.684票→666000+6+8
+4=18→666.666(ダブル666) 更に、666.666
+18(666)=666.684票なのでトリプル666!
(偶然では決してあり得ない!)

●コイン→1+5+10+50+100+500円=666円 
●札→1000+2000+5000+10000円=1.8万=18 

●昨10月発表の総理の消費税8%決断日は1日。
 →1と8で18。

●NHK、昨年10月1日 4時14分(4+14=18)の「年
金の支給額の引き下げ」 WEBニュース。 
国民年金:満額支給の人で月額で666円減 →モロ666。 
厚生年金:標準的な世帯で月額で2349円減→2+3
+4+9=18

●【ルーブル美術館玄関口のガラス・ピラミッド 】 のガラス
の枚数は 666枚

●アメリカ新ドル発行日:昨年10.8(=18)。 
デフォルト予定日: 昨年10.18(これは回避)→クリン
トン時代から17 回のデフォルトあり。つまり、有るとする
なら次回が18回目。

●最近のマレーシア航空が不思議なことに未だに見つ
かりませんが、事件発生は2014年3月8日なので、
3+8=11、及び2+1+4+3+8=18=666
で、先ずフリーメーソン(&イルミナティ)の確定(しわざ)
でしょう?(笑)

★これだけ似た数字が並んで、全て、偶然と捉える方が
不自然です(必然、つまり仕組まれた?)。

以上となりますが、一見して、『11』と『46』 の数字が
多いのに気づきます。これは、フリーメーソンの紋章(コン
パスと定規)と、魔方陣から導き出された数字でもあるか
らです。

 (続く)

<写真は、フリーメーソンの紋章。東京では、東京タワー直
下にロッジ(集会所)があり、この紋章が掲げられている>



大阪に、江戸後期、緒方洪庵の作った著名な『適塾』があり
ます。蘭学講習所で、今日の大阪大学医学部の前身とも言
われています。
塾生は全国より俊英が集い(総計636名)、この中より、幕
末~明治期にかけ大活躍した人物を、多数輩出しております。
適塾は一般公開されており(私はまだ行ったことはありません)、
全塾生の名簿(姓名・入門年・出身地が記載)も閲覧でき
るそうです。
先日、何気なしに適塾をググっていたところ、何と、その名簿中
に、『木脇文節』の名があるではありませんか! 出身、日向・
佐土原藩とあるので、私の曾々祖父に間違いありません。
幕末激動期にあって、曾々祖父は青春時代を、宮崎の片田舎
から、「花の浪速」で遊学していたわけです!! 
祖母にも聞いていなかった新たな嬉しい発見でした(^-^) 

さて、こうなると、私と池田君との不思議な因縁話に新たな1頁
が加わることとなります<2013-03-17付、『決してあり得ない!
 世にも不思議なお話』 、及び、2014-02-24付、『朽ち果て
た先祖墓所(;_;) 初墓参の記』 参照>。
実は池田謙斎<新潟>も適塾出身であり、つまりは、木脇文
節<宮崎>とは、<大阪>の地において同僚となるわけです。
まとめますと、私の曾々祖父と池田君の曾祖父(池田謙斎)
が適塾での同僚。 私の曾祖父(木脇良太郎)と池田君の曾
祖父が同じドイツ医学留学組(共に明治3年)、そして、その
曽孫どうしが、<大阪>の私の小っちゃな会社で知らずに机を並
べていた!!!(池田君も私も、元は東京の人間。それがワザ
ワザ<大阪>で。 何でや~!?) と言う図式です。
何れにせよ近いうちに、適塾を見学してこようと思います(^o^) 

《追記》
最近、多少時間が取れて来ましたので、気合いを入れて(笑)
ブログを更新していくつもりです。「理性を持ってスピリチュアル
に浸る(爆)」 がモットーな私としては、精神世界関係も色々
と書いていこうと思います。まずは予告として,<フリーメーソン
と666>、次いで、<四国・剣山と不思議な【コリトリ】 >
(共に仮題)を。

(写真は適塾)

『最近、アマゾンで「フィルム スキャナー」なるものを求め
ました(送料共(5,980円)。 面白いように、古いネガ
写真をPCに取り込め、とっても便利です(^-^) 
初めて先祖の墓に詣でた時のネガが見つかりましたので、
早速、2012年09月07日付け、「陰徳あれば陽報あり」より、
木脇の墓に関する部分を抜き出し、加筆修正のうえ改めて
ここにアップ致します』。

祖母の話によりますと、代々医系の木脇一族は 『 家訓 』
として、とにかく、【 医は仁術 】 を実践し、善行・積善に努
めたそうです。
祖母が、祖父の木脇文節(つまりは、私の曾々祖父。
戒名は『法雲院文翁道節居士』 )に連れられ県内を歩く
と、文節様の孫が来た、と各地で大歓迎されたとの事。
文節の墓は何故か、日向市細島と宮崎市佐土原の2カ
所にあります。
大学1年の夏、ひとりで初めて、夢にまで見た母方の故地・
宮崎に赴き、祖母の細々とした記憶を頼りに、やっとの思い
で2つの墓所を探し当てました。写真にあるように細島の文
節の墓は、墓石の一部が欠けており、佐土原の墓は草むら
の中に打ち捨てられておりました(*_*) 

昼の細島に続き夕刻は、佐土原の、既に廃寺となった墓地
に踏み込みましたが、背丈ほどの夏草がボ~ボ~と繁り、
どこが道やら墓石やら分からずじまいの荒れようでした。
クモの巣やヤブ蚊と戦い、倒れた墓石を踏み超えながら
(踏んで初めて墓石と分かる)しばらく進みますと、一番奥
の方、夏草の頭越しに、スックと起立する大きな石碑が見え
て参りました。
これが子供の時から聞かされていた、懐かしい先祖の墓に
違いないと思った瞬間、まるで、「そうだよ!」 と言わんばか
りに、丸く大きな真紅の夕陽が、この墓石を朱色に照らし
始めたのです(この感動は今でも忘れられません!)。
何れも、苔むし倒れ朽ち果て夏草に覆われた、文節たち祖
先の墓石と初めて対面した際は、線香の煙と共に哀れを催
し、般若心経を唱えながらも、しばしの落涙を留めることは
出来ませんでした<正に、「夏草やツワモノどもの夢の後」
の情景>。と同時に、俺は木脇の一員なのだ、との強い自
覚が沸々と湧いて来たのも確かです。 

写真1枚目「先祖代々之墓」の裏面には、施主「木脇良太郎」
とあり、左脇にあるのが文節の墓です。高さは約1m程ある
ので、「先祖代々」の石碑は優に3mは超えるでしょうか? 
とにかく圧倒されるほどの巨大さでした。
でも、最早、この光景を目にすることはありません。25年
ほど前、遠縁の爺さんが、この有様は忍びない、と供養のう
え、撤去してしまったからです。
木脇の偉功の残り香を伝える物は、もう、この写真しか無い
上に、その木脇氏も父系はとうの昔に絶家し、母系の私を以
って、実質、オシマイと相成ります (*_*)
<偉功とはオコガマシイですが、木脇良太郎は、日本に博士
号が制定(明治20年)される10年前に、ドイツで医学博
士号(ライプチヒ医大)を授与されましたので、一応、日本
初の博士と言うことで・・・・(汗!)>

2枚目は、「代々之墓」の脇にある文節の墓。
3枚目は、細島の文節の墓。






その後の冬富士は、浪人時代に1度、大学1年次に1度。無論、
3度目以降は本格的革製登山靴、ピッケル、8本爪の冬用アイゼ
ンを装備です<でも、日比谷図書館で、操作法を読むだけの相変
わらずの素人ぶりですが(~_~;) >。 しかし、どちらも、悪天
候や高山病に阻まれ登頂できずじまいでした(*_*) 
浪人時代には、早朝、家を出るとき、何時ものように母が見送りの
ため起きており、その際、「机の中に手紙を入れてあるから」と告げ
ますと、一言、「行かないでおくれ」と申しました。しかし、親の言うこ
となど聞かない私の性格を知っており、そのまま黙って送り出してく
れました。
手紙とは、もちろん【遺書】です。「もし、遭難しても、決して救助活
動などしないで欲しい(なぜなら、救援作業に莫大な費用がかか
り、家が破産してしまうから)」 と言うことを書いていたと思います。
私は、何故、こんな事を続けるのかと言えば、子供の時から意志
薄弱で<未だに(*_*) >、その上、ひどいドモリでした。何かの本
で、精神を鍛えれば治ると知り、それやこれやで以降、冬富士始
め、色々な山を単独行したわけです(北岳だけは友人と)。そのお
陰かどうかは分かりませんが、ドモリに関してはすっかり治ってお
りました(^-^)
それどころか、唯今は全くのおしゃべりです(爆)

そして最後の冬富士は、大学3年の3月。この時の私は運動部
(空手部)や鎌倉の禅寺で鍛えられていたためか(汗!)、気力・
体力とも一番充実しており、快晴の中、先頭きって快調に登頂し
ておりました。
あとわずかと言う、頂上直下の本8合目に着いたとき、下の方から
「助けてくださ~い!」と私を呼ぶ声があり、何事かと8合目まで降
りますと、二人ずれの一人が足を骨折して動けない、と言うのです。
やむなく、5年ぶりの頂上を諦め、彼を救助することにし、次々と登
って来る人に声をかけ、15名ほどが救助に協力してくれることに
なりました。
その間、骨折者の友人が、スノーボート(ボードではありません)
を取りに5合目佐藤小屋に向かっておりました。しかし、何時間待
っても音沙汰がなく(便利な携帯なぞ無く)、どうしたのだろうと私も
降りていきますと、その人は6合目でスノーボートを背負いながら
ヘタばっておりました。
そこで私と変わりましが、今のような軽い炭素繊維製ではなく、その
重いこと重いこと! ボートを横にして背負うのですが、強風にあお
られフラフラし、後ろから、「すいません、すいません」の声を聞きなが
ら、空気の薄い8合目に担ぎ上げたときは、私の肉体までもがフラ
フラになりました(苦笑)
スノーボートに骨折者を乗せ、15名程が後ろからロープを引っ張
りながら8合目より直接、吉田大沢を降りることになりました。
下って直ぐに、人が倒れておりました。そこには手足が操り人形のよ
うにバラバラの方を向き、頭はパックリと割れ脳みそが出ておりました。
脈を取ると、無論ありませんでしたが、まだ生暖かでした。と言うこと
は、滑落直後とわかります。そして、顔を見た瞬間、愕然としました。
何と!、前夜、佐藤小屋で隣に寝ていた人で、しばらくオシャベリも
していた人物だったのです! 改めて、冬富士の恐ろしさを確認す
るとともに、人の運命の不思議さも思い知らされました(このときの
富士山も、第2回ほどではありませんが、荒れ気味で、数名は死ん
だはずです)。

先ず、生きている人の救助を優先せねばならず、遺体はそのままに
し(山梨県警により、翌日収容されたそうです)、全員、身を引き
締めて下りました。しかし、氷雪の急斜面でのスノーボートは想像
以上に重く(こんな経験は、全員初めて)、皆、ノケ反りながら歯
を食いしばって頑張り、やっとの思いで、無事、5合目小屋にたどり
着きました。 
その中の一人から「薬石さん大丈夫ですか? 顔色が真っ青です
よ」 と言われましたが、正直、精も根も尽き果てた! とはこのこと
でしょう。 そこで一服後、皆と別れ、又、ひとり疲れた体にむち打ち
ながらトボトボと暗闇の道を富士吉田駅まで歩いて行きました。
その何と言う苦しかったこと! 
後日、骨折者から感謝の手紙が届き、残念ながら骨折した足は凍
傷のため切断、とありました。でも生きられて本当に嬉しい! ともあ
りました(^-^) 

結局、私の冬富士単独登頂は、5度のうち、頂上に着いたのは高
校時代の2度だけとなります。でも目的が、精神力を鍛えるための
登山でしたので、ワタシ的には、これで良しと致します(((^-^)))

以上で、冬富士単独登頂話を全て終わりと致します。
【九死に一生】でなく、【九九九死に一生】と書いた意味をご理解下
されば幸いです。


<3年ほど前、何十年ぶりかで初めての夏富士登山を行いました
(大阪からですので、富士宮ルート)。ご来光にも恵まれ、大変
 快適でした。機会があれば、又、夏富士を登りたいと思います>
【 母方の祖母の写真をご披露します^^; 
この際ついでに、2013年03月26日付け『華族女学校&坊や&
小せがれ』の中から祖母に関する部分を抜き出し、少し加筆のうえ
アップすることに致します 】

祖母には11人の孫がいます。その中で、何故か、ひとり 私だけ
がとても可愛がられました。又、ずいぶんと躾けられ、 教え諭しても
くれました。ものごころついてから、祖母が亡くなるまで、私のことを
「坊や!」 と呼んでおりました(汗!)
年に4~5回ほど叔父の家から我が家に来るときは(各、1ヶ月
ほど滞在)、お土産として、多くの伝記物や偉人伝を持参してくれ
ました。いつも一緒に寝ており、私が眠りに入るまで、それはそれは
沢山の寝物語をしてくれたものです。
熱心な信心家でもあり、春夏秋冬やすむことなく、毎朝5時にな
ると、私の脇でピタッ! と正座し(無論、冷暖房などありません。
祖母に限らず、明治の女性はホントに意志堅固と思います)、
同じお祈りを30分ほど唱えておりました。
内容は 『坊やは神の子ホトケの子、いつもお父さんお母さんに孝行
し、世のため人のため、ムニャムニャムニャ・・・』 と言うもので、子供
ながらに、いつの間にか頭に刷り込まれてしまいました(笑)
<三つ子の魂 百までも、かな?>   

神の子ウンヌンはおとぎ話としても、この世では随分と辛い体験
(修行?)をさせられてしまったのは確かです(苦笑)。
ただ私が、未だに 『志』 モドキを失わないのは、この祖母の薫陶の
お陰と思っております[おバアちゃん 本当に有り難う! 何も恩返
しできず、ホントにホントにごめんなさい! グシュン (;_;) ]。
昔、祖母に、前回の富士登山で記した 「お守り」 の話をした際は、
我がことのように喜んでくれたのを思い出します。88才で逝った
祖母の命日は、奇しくも私の誕生日でした。何か過去世から続く、
天命のようなものを感じられずにはおれません。
最近、とみに残念に思うことは、この祖母の生き様を語り継ぐ子供
(自分の子に限らず)が、私にはいないことです(*_*) 

<写真説明:私は、如何にも明治女性に相応しい、この凜とした
 祖母(60代)の写真が大好きです。日頃ダラけている私も、
 この写真を見るたびに、何かシャキッ! とする思いです。
 2枚目は80歳の祖母>