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マレフィセントに捕まった夜のこと。

 シリーズ「私が僕になるまで」第11回


 

梅田の夜は、明るい。

繁華街を歩いていると、ネオンと人と声が混ざって、独特の空気がある。昼間とは違う顔の街。

大阪に来てから、そういう夜の空気が嫌いじゃなかった。

その夜も、遊んで帰るところだった。

遠くに、人が集まっているのが見えた。何だろうと思って目をやると、ひときわ目立つ人物がいた。

マレフィセントだった。

黒い衣装、高い頬骨、堂々とした立ち姿。お店のスタッフさんが、マレフィセントの格好でチラシを配っていた。

すごくきれいだった。目が離せなかった。かっこいい、と思った。

 


 

見惚れていたら、こちらに気づかれた。

目が合った。マレフィセントが、こちらに歩いてきた。逃げる間もなかった。

「あんた、同じ側でしょ?うちの店はスタッフに同じ側の子が多いから、面接に来なさい」

それが、僕の夜の仕事人生の始まりだった。

 


見抜かれた、という感覚

その場で、すぐには返事ができなかった。

街中で、初対面の人に、いきなり言われたのは初めてだった。

驚いたというより、見抜かれた感じがした。

声が変わって、体も変わってきた。外見は男性に近づいていた。それでも、この人には一瞬で分かった。

同じ世界を生きてきた人の目は、違うんだと思った。

チラシと名刺を受け取って、その場を後にした。何も言えなかった。声が出なかった。

ただ、名刺だけをしっかり握っていた。

帰宅してから、名刺に書いてある店名を調べた。

どんな店なのか、スマホで調べながら、あの堂々とした立ち姿を思い出していた。かっこいい人だった。

ああいう場所があるんだ、と思った。

ただ、すぐには踏み切れなかった。

当時はキッチンスタッフとして飲食店で働いていた。夜の仕事は全く別の世界だった。

自分に向いているのか、やっていけるのか、分からなかった。名刺は持っていた。でも、電話する気持ちにはなれなかった。

半年が過ぎた頃、電話をかけた。

なぜそのタイミングだったのか、はっきりとは分からない。ただ、あの夜のことが頭から離れなかった。

名刺を捨てられなかった。それだけのことだったと思う。

 


面接の日

数日後、面接に行った。

店は、自分の性別と向き合いながら生きてきた人たちが働く場所だった。スタッフとして店を支える側にも、同じ背景を持つ人が多いと、あのマレフィセントさんが言っていた通りだった。

面接では、自分のことを最初から話した。隠す必要がなかった。むしろ、それが前提の場所だった。

生まれて初めて、話す前から自分のことを説明しなくていい面接だった。

「そうなんだね、じゃあ入ってもらうから」という話が、あっさりと進んだ。あっさりしすぎていて、少し笑えた。

 


スタッフとして働く、ということ

働き始めると、その世界の独特さがすぐに分かった。

一緒に働く人たちは、みんな自分の世界を持っていた。きれいで、強くて、プロだった。

お客さんをもてなすことへの真剣さが、あの夜のマレフィセントさんの立ち姿にそのまま出ていた。

スタッフの仕事は、店の運営を支える仕事だった。お客さんの案内、ドリンクの管理、ホステスさんたちのサポート。

表に出る人の後ろで、店全体を動かす役割だった。

その場所にいることは、不思議と自然だった。

一緒に働く人たちは、自分の性別と向き合ってきた人たちだった。僕が何者かを、説明しなくても分かってもらえた。

「あんた、しっかりしてるね」と言われたとき、どこか、きっくんと呼ばれていた頃に戻ったような気がした。

 


この場所には、別のルールがあった

世間では、まだ「気持ち悪い」と言われることがある世界だった。

でも、この店の中では違った。

それぞれが自分の在り方でその場所にいた。誰かが誰かを否定する必要が、ここにはなかった。

「気持ち悪い」と言われた夜のことを、ふと思い出した。あの夜、横になって天井を見ていた。

正しいのは自分だと分かっていても、傷は傷だった。でも今、自分がそのままでいられる場所で働いている。

揺らがなかった方向の先に、こういう場所があった。

 


ママさんのこと

働き始めてから、あの夜チラシを配っていた人と話す機会が増えた。

その人は、店のママさんだった。あの夜、梅田の街でマレフィセントの格好で堂々と立っていた人が、この店を作った人だった。

話しているうちに、出身地の話になった。

「北九州やねん」とママさんが言った。

「え、僕も北九州です」と言ったら、ママさんが笑った。

同じ福岡県北九州市の出身だった。梅田の夜に捕まって、働き始めたら同郷だった。

世界は狭い。というか、北九州が狭い(笑)。

なぜあの夜、僕だと分かったのか、聞いたことがある。

「雰囲気よ、雰囲気。同じ匂いがするの」

そう言って、笑っていた。

かっこいい人だと思った。あの夜、梅田の街でマレフィセントの格好で堂々と立っていた姿そのままに、ママさんは自分の世界を生きていた。

僕もそうなりたい、と思った。

 


 

次回「私が僕になるまで」第12回は、夜の仕事での日々と、変化していく自分のことを書きます。