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「私が僕になるまで」第1回


みんなと笑っていた。でも私だけ、少し遠くにいた。


「私が僕になるまで」

小学生のころ、私には「きっくん」というあだ名があった。

本名で呼ばれることは、あまりなかった。家族も、友達も、チームメイトも、みんな「きっくん」と呼んだ。

私もそっちの方が、しっくりきた。なぜかは、当時考えたことがなかった。ただ、そういうものだと思っていた。


放課後になると、グローブを持って外へ出た。ソフトボールの男子チームに入っていたから、週に五回は練習があった。

休みの日は、幼馴染の男の子ふたりと、特に理由もなく外を走り回っていた。

あの頃の笑い声は、ちゃんと近くから聞こえていた。


中学に上がって、いろんなものが一度に変わった。

引っ越しと越境入学が重なって、知っている顔がひとつもない学校に通うことになった。

「きっくん」と呼んでくれる人が、いなくなった。出席簿に載っている名前で呼ばれる毎日が始まった。

それがなぜか、少しだけ居心地が悪かった。


ソフトボールは続けた。でも今度は、女子のクラブチームだった。

土日に練習や試合があって、グローブを持って向かう感覚は同じだった。

でも、何かが少し違った。

何が違うのか、うまく言葉にできなかった。

中学になると、男女が自然と分かれて行動するようになる。私も、その流れの中にいた。

女の子たちと放課後を歩いて、笑って、話して過ごした。友達のことは好きだった。それは本当のことだ。

でも、帰り道にひとりになると、いつも少しだけ静かになった。

楽しかった。それも本当のことだ。なのになぜか、帰り道の私はいつも、何かを置いてきたような気持ちになっていた。

何を置いてきたのか、当時は分からなかった。ただ、「何かが足りない」という感覚だけが、静かにそこにあった。

その感覚に名前をつけるまでに、何年もかかった。


更衣室のこと

体育の授業の前、着替えの時間がある。

みんなは笑いながら、今日の授業がどうとか、昨日のテレビがどうとか話している。私も相槌を打つ。

でも、いつも壁の方を向いて、できるだけ早く終わらせようとしている自分がいた。

居心地の悪さには、ふたつあった。

ひとつは、自分がここにいていいのかという感覚。出席簿の名前で呼ばれて、同じ輪の中に入って、その場にいる。それが当たり前のことのはずなのに、なぜかどこかがずれている気がした。

もうひとつは、もっとうまく説明できない何かだった。自分でも整理できないまま、ただ「早く終わりたい」と思っていた。

「みんなそういうものかな」と思っていた。もしかしたら私だけじゃないかもしれない、と思うことで、その感覚をやり過ごしていた。


「好きな人いないの?」

友達に聞かれるたびに、頭の中で一瞬だけ止まる。

いる、と思う。でも言えない。

そういう話をするとき、みんなはクラスの誰かの名前を言う。あの人がかっこいいとか、目が合ったとか、そういう話をする。

私にも、ちゃんとある。ときめいた瞬間も、気になって仕方ない人も。

ただ、同じ話ができなかった。

嘘はつきたくない。でも、全部は言えない。だから無難な答えを選ぶ。笑いながら返す。それで会話は続く。

その「笑いながら」が、毎回少しだけ重かった。

友達のことは信頼していた。それでも言えなかった。言えない理由を説明する言葉も、まだ持っていなかった。ただ、「これは言ってはいけない」という感覚だけが、静かにそこにあった。


「女の子なんだから」という言葉

六月になると、服が薄くなる。

みんなは「やっと夏!」と嬉しそうにする。私も暑い季節は嫌いじゃなかった。

ただ、友達の会話の中に、少しずつ気になることが増えてきた。思春期のこと。体の変化のこと。

そういう話題が、自然と出るようになっていた。

私にはまだ実感がなかった。だから、まだ考えなくていい、と思っていた。

でも、「まだ」はいつか終わる。それが、少しだけ怖かった。

みんなと同じように変わっていく自分を、うまく想像できなかった。想像しようとすると、どこかが、ぎゅっとなった。


髪を短く切って学校に行った日、誰かにこう言われた。

「女の子なんだから、そんなに頑張らなくていいよ」

悪意はなかった。笑顔だった。私も笑って返した。

でも帰り道、その言葉がずっと頭の中で回っていた。

なぜ引っかかるのか、うまく説明できなかった。ただ、その言葉の形が、自分にはどこか合わない気がした。サイズの合わない服を着せられたときみたいな、あのずれた感じ。


名前を呼ばれるたびに

出席簿で名前を呼ばれる。「はい」と返事をする。

毎日、何十回も繰り返している。名前そのものは、嫌いじゃなかった。むしろ好きだと思っていた。

ただ、その名前を呼ばれるたびに、何かが少しだけ引っかかった。

同じ読み方の名前の人が、周りに何人かいた。みんな、同じ側に分類される子たちだった。

その読み方は、そちら側の名前なんだ。そう思うたびに、何かがじわりとずれた。

自分の名前なのに、自分のものじゃない感じ。嫌いなわけじゃない。ただ、しっくりこない。

その「しっくりこない」を説明する言葉を、私はまだ持っていなかった。


男の子と話すとき、なぜか楽だった

不思議なことがあった。

女子グループの中にいるのは、嫌いじゃなかった。一緒にいると楽しかったし、友達のことが好きだった。それは本当のことだ。

それでも、どこかに薄い膜が一枚あるような感じが、いつもあった。

その膜が、男の子と話しているときにはなかった。

理由は分からなかった。「気が合うだけ」だと思っていた。「性格の問題だ」と思っていた。

でも、あの「遠さ」がないことだけは、はっきり覚えている。笑い声が、ちゃんと近くから聞こえた。


ある夜のこと

何かが気になり始めると、調べたくなった。

でも、学校のパソコンは使えない。家のパソコンなら使えるけれど、履歴が残る。何を調べているのか、誰かに見られたくなかった。

だから、家族が寝静まってから、そっと画面の前に座った。部屋の明かりを消したまま、静かにキーボードを打った。

その夜に何かを自覚した、というわけじゃない。

ただ、「こういうことを調べている自分がいる」ということだけが、静かにそこにあった。見つけたものが何だったかは、まだここには書かない。

ただ、画面を閉じて布団に戻りながら、履歴を消したことだけは、今も覚えている。


今も、少し遠くにいる

今でも、みんなと笑いながら、少しだけ遠くにいることがある。

大阪に来てから、その感覚はずいぶん薄くなった。ここには、経緯を知っている人がいる。最初から僕として接してくれる人がいる。笑い声が、ちゃんと近くから聞こえる場所で、毎日を過ごしている。

でも、地元に帰ると、少しだけ戻る。

幼い頃からの友人たちとの会話は、楽しい。それは本当のことだ。ただ、ふとした瞬間に、小さなずれが顔を出す。

昔の名前で呼ばれること。「あの頃の話」が自然と出てくること。悪意はない。むしろ、長く一緒にいてくれた人たちだから出てくる話だ。

それでも、一瞬だけ、どこかが止まる。


あの頃と同じように——でも、少しだけ違う。

あの頃の「遠さ」は、なぜ遠いのか分からない遠さだった。今の「遠さ」は、自分がどこにいるのかを知っている遠さだ。

場所が分かっているから、戻ってこられる。

みんなの笑い声は、地元にいるときだけ、今も少し遠くから聞こえる。でもそれが嫌じゃない。遠くから聞こえていい。

——今は、帰る場所が、ちゃんとある。


次回「私が僕になるまで」第2回は、あの夜出会った言葉のことを書きます。


【書き手より】この記事は、自分らしい生き方を模索してきた当事者として書いています。

同じような「遠さ」を感じたことがある人に、届いたらうれしいです。