「気持ち悪い」と言われた日のこと。
シリーズ「私が僕になるまで」第10回
新しい恋人ができた。
手術も終わって、体が少しずつ自分のものになってきていた頃だった。治療で声も変わって、見た目も変わってきていた。
そういうタイミングで、大切な人ができた。
その人の親は、高校時代からの私を知っていた。友人として、ずっと見てきた人だった。
自分のことも、付き合っていることも、何も知らない状態で、私のことを「あの頃の私」として知っていた。
付き合い始めて、しばらく経ったころ、その親に会うことになった。
緊張はしていた。高校時代から知っている人に、変わった自分を見せることになる。どう受け取られるか、正直分からなかった。
その親に、直接言われた。
「気持ち悪い」
笑顔じゃなかった。はっきりした声だった。その場で、私に向けて言われた言葉だった。
しばらく、何も言えなかった。
その言葉の形
「気持ち悪い」という言葉は、短い。
六文字だ。でも、その六文字がどういう重さを持つか、受け取った側にしか分からない。
しかも、高校時代からの私を知っている人の口から出た言葉だった。
悪意があったのか、突然変わった私への混乱からきた言葉だったのか、今でもよく分からない。
ただ、その場で、私に向けて、はっきりと言われた。
その場をどう切り抜けたか、正直あまり覚えていない。何かを言ったかもしれないし、言えなかったかもしれない。
ただ、その場が終わって、ひとりになってから、じわじわと来た。
怒りなのか、悲しみなのか、うまく分類できない何かが、静かに積み重なった。
恋人は、何も言わなかった
その場に、恋人もいた。
何も言わなかった。親の言葉を止めることも、フォローすることも、しなかった。
後から二人で話したとき、どういう会話になったか、もう細かくは覚えていない。
ただ、あの場で何も言われなかったことだけは、残った。
親に言われた言葉より、恋人が何も言わなかったことの方が、長く残ったかもしれない。
信頼している人に、守ってもらえなかった、という感覚だった。
別れた。しかも浮気で(笑)
しばらくして、別れることになった。
理由は、浮気だった。
「気持ち悪い」と言われて、何も言ってもらえなかった。その上、浮気だった。
踏んだり蹴ったりとは、このことだと思った。
笑えるかというと、そのときは笑えなかった。でも今は笑える。
あの一連の出来事を時系列で並べると、なかなかひどい話だ。親に気持ち悪いと言われて、守ってもらえなくて、浮気で別れた。全部まとめて引き受けた期間だった。
笑えるようになるまでに、少し時間がかかった。
「気持ち悪い」の意味
あの言葉を、今でもたまに思い出すことがある。
傷ついた。それは本当のことだ。自分が何者かを知った上で、直接そう言われた。
体が変わって、少しずつ自分のものになってきていた時期に、その言葉を受け取った。
でも、あの言葉が正しいとは思わなかった。そのときも、今も。
「気持ち悪い」と言われたことで、自分のことを「気持ち悪い」とは思わなかった。傷ついたけれど、揺らがなかった。
そこだけは、はっきりしていた。
治療を重ねて、体が変わって、手術をして、少しずつ「これが自分だ」という感覚を積み重ねてきた。
その積み重ねが、あの言葉に揺らがない何かを作ってくれていたと思う。
それでも、傷は残る
揺らがなかった、と書いた。でも、傷つかなかったわけじゃない。
その夜、ひとりで静かにしていた。怒りを誰かにぶつけるわけでもなく、泣くわけでもなく、ただ静かにしていた。
継母に電話しようかと思ったけど、その夜はしなかった。うまく話せる気がしなかった。
ただ、横になって、天井を見ていた。
あの親が間違っている、と思っていた。でもその正しさは、その夜の傷を消してくれるわけじゃなかった。
正しくても、傷は傷だった。
前を向いた、ということ
しばらく経って、また歩き始めた。
大げさな何かがあったわけじゃない。ただ、日々が続いて、少しずつあの夜が遠くなっていった。
別れた後、浮気だったと分かったとき、正直「なんだそれ」と思った。でもそれで、逆にすっきりした部分もあった。
守ってもらえなかった人の浮気で別れた。それだけのことだった。悲しむ必要が、実はそんなになかったのかもしれない。
「気持ち悪い」と言われた経験は、消えない。でも、それで自分が変わる必要はなかった。
声が変わって、体が変わって、少しずつ自分になってきていた。その方向は、間違っていなかった。
あの言葉に向きを変えさせる理由は、どこにもなかった。
前を向く、というのはそういうことだと思っている。大きな気合いじゃなくて、ただ、方向を変えなかった。それだけだった。
次回「私が僕になるまで」第11回は、水商売をしていた頃のことを書きます。
【書き手より】「気持ち悪い」と言われた経験は、今でも覚えています。でも同じくらい、それで揺らがなかった自分のことも覚えています。あのとき積み重ねてきたものが、ちゃんと自分を支えてくれていた。そのことを、この記事に残しておきたかった。