動く時は動くのに
遊ぶ時は休むのに
楽しむ時は楽しむのに
休む時は休むのに
お金に余裕がない
時間に余裕がない
自分に余裕がない
心に余裕がない
と
理由をつけて
仏壇に手を合わせず
墓参りをせず
ご先祖様に
不義理をしてはいけない
お金に余裕がない
時間に余裕がない
自分に余裕がない
心に余裕がない
と
理由をつけて
職場の氏神様や
住んでる場所
お世話になっている場所の
氏神様に
お詣りに行って
日々の感謝を
伝えないという
不義理をしてはいけない
お金に余裕がない
時間に余裕がない
自分に余裕がない
心に余裕がない
と
理由をつけて
嫌いでも
好きでも
憎んでも
無関心でも
身の危険がない限り
親に対しての付き合いを
子としての
スジや
義理だけでも
気持ちが
入らなくてもいいから
形として
ゼロにしてはいけない
お金に余裕がない
時間に余裕がない
自分に余裕がない
心に余裕がない
と
理由をつけていても
お金に余裕がなくても
時間に余裕がなくても
自分に余裕がなくても
心に余裕がなくても
するべき時はしているのに
ご先祖様
氏神様
親 (生きてるご先祖様)
になると
動けなくなるのは
動かなくなるのは
何故?
人の話や
物語や
映像で
理由をつけては
不義理や
無関心をしているものを
見ていて
違和感や
違うという思いが
感じとれるのに
自分では どうなのだ
と、考えたら…
自分は
どんな状態なのか
どんな関係性なのか
自分と
一番
関係性がある存在なのに
自分にとって
なくてはならない存在なのに
不義理
無関心
反抗と
自分と
一番関係性がある
他人にはしないなのに
自分にとって
なくてはならない存在には
何故するのか
他人にはしないのに
ご先祖様
氏神様
親には
何故
そこを蔑ろにしていまう?
不義理をしてしまう?
積み重なったものが
あったからかもしれないが
ご先祖様や
氏神様や
親を
大切にすること
良くすることは
自分の中に
日頃のご縁や
命のバトンで
繋がっている自分も
大切にしていっている
良くしていってる
ということ
そこを
思い出しながら
ご先祖様
氏神様
親 (生きてるご先祖様)と
向き合っていこう
いつも見守ってくれている
なくてはならない存在を
大切にするからこそ
運も
チャンスも
自分で
掴みやすくなるのだから
一般的や 物語で
そこを
大切にしてないものと
そこを
大切にしているもの
自分が関わるなら
どちらと居たいか
どちらが
幸せになっているのか
そんなことを
見ていたから
聞いていたから
そこから
結末を考えると
お金に余裕がない
時間に余裕がない
自分に余裕がない
心に余裕がない
と動かないのではなく
ちょっとずつでもいいから
自分のために
ゼロではない
動きをしていこう
自分のために
そして
自分を
見守っているもの達のための
行動を大切にしていこう
神仏を大切に 愛のある日々をSoul Automatic Writer くぼた
8月 23日 ㈯ (完全予約制)
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