
神仏を大切に愛のある日々をSoul Automatic Writer くぼた

神仏を大切に愛のある日々をSoul Automatic Writer くぼた
道義を重んじる
礼節を重んじる
道理をわきまえる
そこを気にする
そこをしっかりする
なんて言葉を耳にすることが
少なくなってきた
日常に当たり前に
培ったきた
道義
礼節
道理がわからない者も
知らない者も
出てきた
祖父母から
両親から
生活の中で
学んできた
知ってきたものが
段々
少なくなってきた
だからなのか
人と人との距離感に
足りないものが
でてきしまう
人との距離感に
足りないものが
できると同時に
神仏との距離感も
遠くなってきている
ように思える
気づかないのか
気づけないのか
わからないのか
知らないのか
気がきかないのか
道義
礼節
道理を
リスペクトという言葉で
くくってしまう者もいる
リスペクトは
思いの自分のみの
自己完結になってしまう
祖父母から
両親から
生活の中で
学んできた
知ってきたものの
道義
礼節
道理は
人との関わりの中の
行動から
学び
自分のものへと身に着け
また
次の世代に
引き継がれていくもの
世代が変わっても
変わらないでいるもの
人がいる
人と関わる
ここを生きている限り
自己完結でなく
人と人
自分と相手
相手と自分
自分からの一方通行ではなく
道義を重んじ
礼節を重んじ
道理をわきまえ
人との関係に
思いやり
愛
感謝を
込めながら
関係性を築き上げていく
ことを
大切にして
いかなければいけないと思う
自己判断で
省略していいものではなく
続いているからこそ
人と人との関係で
意味がある大切なことだから
続いているし
続けなければいけない
神仏を大切に愛のある日々をSoul Automatic Writer くぼた
筑波神社の神樣に
ご挨拶してきました
《みなさまに
お言葉を いただきました》
まわりを良くしても
そこを使うもの
そこにいるもの自分
場所を変えても
現状を変えようとしても
そこにいるのは自分
どんな自分で
そこにいるかが大切で
かわらない自分
かわれない自分でいることが
まわりをかえても
かわれるとは限らない
まずは
自分から
まわりを
きっかけにするのはいいが
それは
きっかけ
きっかけにしかすぎない
まわりを
かわることだけに
かえることだけに
安心てはいけない
自分の
心や 動き 考え方を
少しずつでも
かえていくほうが
難しいが
大切なことということを
忘れてはいけない
※ ” かわる “ が ひらがななのは
このメッセージを
受け取る方によって
変わる
代わる
替わる
換わる
に なるからだそうです
自分にあった
かわるで
各々が受け取ればいいとのことです
神仏を大切に愛のある日々をSoul Automatic Writer くぼた