仕事のための人生はもったなさすぎると再確認。名言の嵐。
①努力したからといって、必ずしも見返りがあるとは限らない。
必死にやらなかったからといって、見返りがないわけでもない。
人生とは実に皮肉。
②やる気がなくても十分働ける。 好きでやる仕事もある一方、ほとんどはお金を稼ぐためにある。労働の対価としてお金を受け取っている。
湧き出しもしないやる気をムリに作り出すこと自体がストレス。ないならないなりに、目の前の 仕事をこなせばいい。そのうち好きになってくるかもしれないし、ほかにやる気を出せる仕事が見つか るかもしれない。そのときに、やる気を注ぎ込めばいい。
③顔を上げて周囲を見渡すだけで、ほかの選択肢がいろいろとあると気づくのに、執着してしまうとそれが見えなくなる。 この道だけが唯一の道だと信じた瞬間、悲劇が始まるのだ。
世の中にはたくさんの道が存在する。一つの道にこだわりすぎるのは、ほかの道 をあきらめていることと同じ。
あまりにもつらく耐えがたいならあきらめろ。あきらめたって問題ない。 道は絶対、一つじゃない。
この選択で本当に正しいのか? 間違えていたら人生が狂ってしまうこともありうる。最善の選択、後悔のない選択をしなくちゃと慎重になることは間違いではない。
しかし、すべてが自分の選択にゆだねられると考えるのは実に傲慢だ。
自分がどんなに右に行きたいと願っても、大きな流れによって左に押し流されて しまう場合もある。「もし違う道を選んでいたとしても、結局はたいして今と変わりなく暮らしているんじゃないか」
④結果的に最高の選択ではなかったとしても、そうやって選んだものはひときわ記憶に残り、ほっこりさせてくれる。そこには無謀かつ危険なものへの憧れと、自分の選択を信じて失敗もいとわない勇気があった。失敗する確率も高いが、成功したときの達成感は大きい。
偶然の楽しみでいっぱいの目的のない一歩。
これこそが人生を豊かにしてくれる醍醐味なのかもしれない。
⑤人によっては「本当に好きなことは仕事にすべきでない」と忠告する。一方で、ある人は「本当に好きなことこそ仕事にすべきだ」と忠告する。どちらを選ぶのも自分次第だが、たぶんどちらを選んだとしても後悔。人間は欲の多い生き物だから。僕らは仕事に対し、あまりにも多くのことを望みすぎている。
ちょっと欲を捨てれば、今の仕事にも満足できるかもしれない。ずいぶん長いこと「本当にやりたい仕事」が何か。本当に働きたいのか?
答えがノーなら、今の仕事の良い面を見て妥協する手もある。
シンプルに暮らしたい。ただそれだけ。
生きていくって、そんなに複雑なことだろうか?
たぶん、お金のために自由を後回しにし続ければ、僕らは一生自由になれない。 自由を知らないまま老いて死ぬコースの一択しかない。
このままでは危ない。人生は一度きりなのに!
⑥ありのままの自分から目をそらして苦労し続けることをやめ、今の自分を好きに なろう認めようと決めたから。
自分の人生だって、なかなか悪くはないと認めてからは、不思議とささいなこと にも幸せを感じられるようになった。
こんなことにまで幸せを感じられるのかってほどに。
⑦一生懸命生きるのはつらい。それは我慢の人生だから。
同じ人生、どうせなら一生懸命”より楽しく”のほうがいい。
「天才は努力する者に勝てず、努力する者は楽しむ者に勝てない」
でも「必ずしも、人に勝とうとして楽しむのではない」。 ただ、楽しくやりたいだけ。誰かに勝つことが目的になった瞬間、楽しめなくなる。