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29年前にローンを組んだ中古の2階建て住宅。妻が新聞のチラシで見つけてきた。それが運命の分かれ道だった。広島市の土砂災害でコミュニティーバスの運転手、池田敏則さん(65)=同市安佐南区八木4丁目=は妻の恵津子さん(63)を亡くした。あれから1カ月。今は何の照れもなく「きみは太陽だった」と言える。失った存在は大きく、毎日が無気力だ。ただ一点、「ここで生きていく」とだけ心に誓った。妻を奪ったこの場所は妻が愛した場所でもある。

 時計の針は3時38分で止まっていた。8月20日のその時刻、土石流が家屋全体を襲った。わずかな立ち位置の差が、夫妻の生死を分けた。

 2日後に遺体が見つかった。損傷が激しく、DNA型鑑定で恵 津子さんと特定された。遺体を保管していた警察署で担当者に尋ねられた。「写真を見ますか。おすすめはしません」

 万に一つ、人違いかもしれない。覚悟を決めて写真を見た。目尻の面影で分かった。「だめか」。荼毘(だび)に付される直前、参列者の前で声に出して言った。「来世も一緒になろう」

 2人とも広島・因島の出身。同じ町内で育ち、小中高も同じ。昭和48年、23歳のときに結婚した。仕事の都合で安佐南区八木のアパートに転居。雨漏りを直さない管理人に業を煮やした恵津子さんが、新聞チラシで近所の売り物件を2軒見つけてきた。

 意見が割れたが「外観がいい」と恵津子さんが今の家に決めた。池田さんが推したもう1軒は、今回被災を免れていた。

 以 来、ここで人生の大半を過ごした。3人の子供を独立させ、孫ができた。再び夫婦2人となり、昨年から犬を飼い始めた。そしてこの家の敷地内で恵津子さんは土砂に埋まった。

 「他の場所に流されもせず、よっぽど、ここが好きじゃったんじゃろう」
 

ここまで記事転載しました。



 
一つの選択がその後の人生に大きく影響します。
その選択をした時にはまさかこのような結果になるとは意識しなかったり、
過去の選択が正しかったのか間違っていたのかは誰にも分かりません。もう一つの選択の方が災害以外でもっと辛い結果になっていたかもしれません。
ただその一つ一つがとんでもなく重要なことなのです。

人生は望むことばかりが起こるわけではありませんが、事実を受け入れることができる人は前に進めると思います。アウシュビッツでの悲惨な経験をした人の中でも受け入れて乗り越えてより良い余生を生きてる人もいれば未だに抜け出せずに辛い人生を送っている人に分かれるようです。辛いときこそ人生は必然であり現実を受け入れそこから何を手に入れることができるか前向きに考えて行く時なのかもしれません。