第1章 ドセタキセル——
名前だけ聞くと、冷たい化学のかたまりのようだ。
けれど実際には、この薬は私の体の中で、がん細胞を足止めする小さな兵士のような働きをしてくれた。
がん細胞は、ひたすら分裂し続けるものだ。
そのために「微小管」という細いレールをつくり、そこを通って新しい細胞へと増えていく。
ドセタキセルは、そのレールを固定してしまう。動けなくなったがん細胞は、やがて力尽きる。
つまりこれは、細胞分裂を妨げる作戦なのだ。
投与は三週間ごとに一度。
静脈からゆっくり体内に入っていく間、私はただベッドに寝て、時間の流れに身を任せる。そうそう、毛根を守る為に、頭皮を氷で冷やすことも忘れないでやった。
その後やってくる副作用——白血球の減少、むくみ、爪の変色、そして全身の倦怠感。
それらは、薬が確かに働いている証でもあったから、耐えられた。
この薬は、同じ仲間のパクリタキセルより回数は少ないが、少し副作用が強いと言われている。
だからこそ、投与前後にステロイドを飲み、むくみやアレルギーを防せいだ。
毎回の治療は、少し緊張を伴う儀式のようだ。
3ヶ月、この薬と歩いた。
その間、体は確かに消耗していくが、心のどこかで「これは自分を強くする苦痛だ」と信じていた。
ドセタキセルは、ただの化学物質ではない。
私にとっては、痛みと引き換えに時間をくれる、静かな戦友だった。
とても力強い戦友だった。