よごれには3種類ある。

物理的なよごれ
化学的なよごれ
生物学的なよごれ


物理的なよごれとは、表面に付着した不溶性の物質や、デコボコなどである。空気中のチリもこれに入る。

化学的なよごれとは、化学物質の付着である。

生物学的なよごれとは、微生物やタンパク質である。


実験器具や試料などは、よごれが少ない方が良いが、このうちどの種類のよごれに注意を払い、対策をするかが大事である。

そう、相手を意識して対応するのである。

研究室では、このことをよく分かっていない人が多いのだなぁ。

やたらとオートクレーブで滅菌するわりには、洗い物が雑。
オートクレーブは生物学的なよごれを取ることしかできないよ。
蒸留水でのすすぎも雑。
ガラス器具などは化学的にキレイに洗えばほとんど水滴は残らない。

他の人が洗った器具を見ると水滴がやたらと付いている。
オイオイ、そんな実験器具ツカいたくねーよ。というのが本音である。

自分が気にしすぎなのだろうか。。。



テニスも同じ。
そのボールをなぜ打つのか。
自分のした行動がどのような結果につながるのかを意識することが大事。


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今日は久しぶりに徹夜実験の予感。
まあ出だしが遅かったのだけれども。



~糸冬~
歯医者に行った。
歯医者など何年ぶりだろう。

親不知のあたりが痛むので、抜歯を希望。

するとそれ以前に歯石が多く、また痛みの原因は虫歯だという。このまま抜歯しても雑菌が入る可能性があるので、まずは歯をきれいにするところから始めるらしい。
風呂と歯磨きと掃除が大嫌いな僕にとっては少々苦痛である。

頑張って、一日一回は最低磨くようにしよう。

今日行った歯科の先生は女性の先生。
よく説明をしてくれる。

「このレントゲン写真のここが虫歯になっていて、親不知がしっかり生えてますね。対処方法としては、親不知を抜くことと、歯茎を切り出して親不知の虫歯を治療することが考えられます。メリットは~~、デメリットは~~・・・・・・・」

という感じである。

僕のような理系人間にとっては非常に相性の良い先生である。

しかし・・・



歯を抜くの怖いよおおおおおおぉぉぉぉぉん!!!!!!!!!!・°・(ノД`)・°・




~糸冬~
この土日はよく練習ができた。
土曜日の午前中に降っていた梅雨の雨も午後には止んだ。

来週は国公立戦。3位以内には入賞したいものである。

ちょっとこの土日で思うことがあったので書く。

よく、「目標を立てろ」と言われる。
スポーツの世界でも学問の世界でも、僕にはなじみの薄い文化的活動の世界でもそうだろう。

ではなぜだろうか。なぜ目標を立てなければならないのか。
それは、「想像」という言葉で説明できると思う。


目標を立てることによって、将来の自分の姿を想像する。
その姿に近づくように努力する。
その姿と今の姿のギャップを埋めるために努力する。
そのギャップがだんだんと縮まっていき、目標としていた時点でゼロになれば最高である。

その点で言うと、目標は高ければ高いほどよい、というのはウソになる。
ギャップがだんだんと縮まっている、という実感が、モチベーションになると思うからである。

そしてもう一つ大事なのが、様々なスパンで目標を立てることである。

例えば、一年間で100万ためるという目標があるとする。
ただひたすらに100万という目標に向かって進むのと、一ヶ月で10万ためるという小さな目標を立てるのと、どちらが良いだろうか。
後者であることは間違いないだろう。

前者は、タイムもキョリも知らされずにマラソンを走るようなもの。
後者は、5kmごとにタイムを計りながらマラソンを走るようなものである。

テニスに還元すると、一年後に、ある大会で3位に入賞したいとする。
そのためには3ヶ月後にはこのようなプレーをここまでの精度でできている必要がある。
一ヵ月後にはこのプレーを覚える。
一週間後には、このプレーの足の運びをマスターする。
一日後には、腕の振りと足の運びに気をつけられるようになっている。


このように最終的には一日の段階までブレイクダウンしている必要があると思う。
これは、僕が現役の時には全くできていなかったことである。
だからこそ、僕の教え子たちにはやっていって欲しいと思う。

将来の姿を「想像」していくのである。
そして、その姿に近づくための具体的な行動を自分で「創造」していく。


少し話が逸れるが、僕がいつも使っている言葉がある。

「技術の習得には4つの段階がある。
①考えてもいないしできてもいない状態
②考えてはいるができてはいない状態
③考えればできる状態
④考えなくてもできる状態」

というものである。
どこかのスポーツ心理学の本で読んだ記憶がある。

スポーツにおいて目標を立てるには、このようなことに意識すると良いだろう。
~~を考えられる状態になる
~~を考えなくてもできる状態になる
などのように。


僕の目標は、先生を見返すような修士論文を仕上げることと、投稿論文を書くこと。
また、教え子をリーグで優勝させて昇格させること。
七帝戦で3位入賞させること。

そのためには、平日研究室にいるときには一生懸命実験と研究をし、土日にはテニスをしっかり頭を使って自ら考えながら教えることに尽きると思う。

さて、明日はゼミ発表だ。先生が何回寝るか楽しみだ。


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待望の新入生が入ってくれた!!!!
初心者だけど、なかなかしっかり者で、面白い。
どこまで上達させられるか、僕の新しい実験も幕を開ける。


~糸冬~
実験には体力を使う。
乳鉢と乳棒でイネの葉をゴリゴリしようもんなら意外と大変である。
しかもサンプル数が多い。
疲れた頭と体には、甘いジュースがご褒美である。
7upを飲みながら書いている。

いきなりだが、生物には体内時計というものがある。
(厳密には違うが)
植物の場合、そのシグナリングとなっているのはグルコース、つまりブドウ糖だという説がある。

昼間、光合成を行い糖を蓄積するが、夜になると光合成が減少し、転流する糖が減少する。
これがシグナリングとなってその他の生理現象を引き起こすというものである。

個人的にも非常に興味のある研究である。ハーバード大の研究グループがやっていたような。

まあそれはさておき、このグルコースというのが重要である。

あらゆる生物の起源は単細胞生物である。
大腸菌のような生物は、グルコースを主に栄養源としている。
解糖系といい、グルコースからピルビン酸を作り、それを元にミトコンドリアでATPを作り出す経路を持つ。
うろ覚えだがあっているだろうか。

これは、もちろん人間も持っている。
つまり、人間も糖という非常に重要な物質に対して、ホメオスタシス維持機能やシグナリングなどを働かせていることは十分考えられる。

さて、ここで生活リズムの話である。
仮に、糖が重大なシグナリングの役割を果たしていると、(つまり、体内時計の役割を担っているとすると、)それに一日のうちでリズムをつけることが大事だと思う。
植物の例で上げたように。

仮に植物が24時間ずっと日に当たっていると、大きなストレスであろう。
同じように、人間が起きている時間、ずっと何かを食べている(=グルコース濃度が常に高くなっている)と、体内時計に良くない影響を及ぼすのではないか。
実際に、甘いものを多く食べた日などはよく疲れて眠くなってしまう人も多いと思う(糖の分解にビタミンBが必要であるため、ということも読んだことがあるが)。僕はそうである。

つまり、食事の時間にきっちり食べ、しっかり空腹な時間も作ってあげることが生活リズムの維持において良いのではないか。
僕はよく生活リズムが崩れがちである。
どこぞやのスローガンではないが、しっかり3食食べることにしよう。
また、目からの光のシグナルが体内時計に重要ともよく言われる。
北欧などでは白夜のために、人々は電灯をぼーっと見つめるらしい。健康でいるために。

だから、なるべく0時までには寝て、8時には起きる。
そして、太陽の光を浴びる。
夜は、明るすぎる環境にいないようにする。



まあ要するに、ダラダラと甘いお菓子を食べてばかりいると、疲れて気力がなくなって、リズムが崩れてしまうので、そうならないための自戒です。
それにちょっと自分なりの考察を加えてみたのです。

健康的に生活しよう。
太陽に当たろう。
メシをしっかり食べよう。
そして、精神面でも強い人間になりたい。


~糸冬~
・・・などという大それたものを書くつもりはないが。

運動でも、勉強でも、誰かにモノを教えることについてである。

人にモノを教えるときに、何が一番重要だろうか?

僕は、
①信頼感
②シンプルさ
であると思っている。

①についてはだいたい想像がつくと思う。
同じ数学の勉強を教わるのでも、同じことを言われるならその辺を歩いているおっちゃんよりも学校の先生の言うことのほうが生徒にすんなり浸透することは容易に想像できる。

運動も同じである。
僕はそもそも話が上手なほうではない。
そのため、信頼感を得るためにできることは、なるべく部活で多くの時間を過ごすことと、一緒に練習に参加するくらいなことである。しかしそれだけでも、信頼感を得るために努力はしているつもりだ。
上からの押し付けや、コーチ自身の言っていることとやっていることが違ったりするなどすると、信頼感はすぐに薄れてしまうだろう。
先生やコーチというものは、本人が教え子に言う以上に、自分自身を律しなければならない存在だと思う。

次に、②についてである。
これは、いかにわかりやすく伝えるか、ということであるが、いかに大きな部分を無視するか、と言い換えることができる。

また数学の例を出す。
足し算は小学校で習うものであるが、大学ではその原理や応用範囲まで広く1から勉強しなおす。
小学生に、「実数というモノはだネ、連続性というモノがあってだネ、有理数と無理数に分かれるんだヨ、」などと言ってはいけないのは当然である。
小学生に対しては、実数の連続性という概念は無視して伝えるのである。

運動も同じである。
細かく言えば、フォームについて、「いや、そこは肘をもっと曲げてだネ、右足に乗せていた体重を30cm前に乗せていってだネ、フォロースルーは手首をここで返しながらだネ、打った後の右足はしっかり蹴り出して前に持ってきてだネ、」などと言うことも可能だが、果たしてこれが選手のためなのか。
大切なのは、これを細かく伝えていくよりも、ムシすることである。
トップレベルの選手でも、上のようなアドバイスを一度に整理して意識して実行することなど不可能であろう。

なので僕は、思ったことの全ては伝えないようにしている。
確かに理想の形からは程遠いかもしれないが、問題ない範囲なら、ムシするのがいいと思う。もちろん、目指すレベルによるが。
ウチの選手たちには、幸いにして目立った悪いクセなどはないから(まあ理想からは程遠いが)、ムシしている。その上、目指すレベルは七帝優勝レベル。細かいことはムシしても十分勝てる可能性のあるレベルである。(容易だ、というわけではないが。)

そのため、それよりも、伝えるべきはイメージである。

理想を、具体的な言葉ではなく、いかに簡単で思い描きやすいイメージで伝えるか。

僕がいつも例に出しているある実験がある。
跳び箱が飛べない小学生を2群に分ける。
一方の小学生には、踏み切りで足を強く蹴り、箱の奥のほうに両手を突き、足を大きく開いて飛ぶことを意識させる。
もう一方の小学生に対しては、跳び箱の奥1/3に赤いテープを張り、そこに手を付くように、とだけアドバイスする。

アドバイス後、後者のグループの方が飛べる確率が高くなったそうである。

これは、いかに意識するポイントを簡略化し、イメージで伝えるかということの大切さを説いていると思う。

テニスでも同じである。
展開や相手について考えるのは具体的に言葉にしてでも考えさせるべきだが、フォームやボールの軌道については、シンプルなイメージで伝えなければならない。


これが、僕の考えである。
勉強でも同じである。
まずは大雑把な枠組みから教え、つかめてきたら個々の細かい事象に対して詳しい説明をしていく。

将来アカデミックに進む人間として、人にモノを教えるというとても良い経験を僕はさせてもらっていると思う。





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先ほど父親と晩飯を食べてきた。
ビール大ジョッキ2杯も手伝って、いろいろと書いてしまった。

先週はなかなか忙しかった。が、なかなか張り合いのある一週間であった。
実験サンプルも揃ったので、今週はバリバリ実験だ!

~糸冬~