2025年1月からの1年間、ライブ、宝塚OGディナーショー、宝塚生徒Tea Partyも含め、遠征回数は24回、観劇した舞台は(リピート含む)、115公演だった。

これに、あきた芸術村他でのわらび座公演が12本加わり、TOHOシネマズ秋田での宝塚ライブビューイングも5本見ていた。

因みに2024年は24回124公演だった。


8月からは遠征が3回になる月も何度かあり、慌ただしく感じられる時も多かったが、元気に遠征は続けていた。

特に11月21日~12月17日迄の27日間には6回の上京、トータル18本を観劇予定でチケットを入手していた。

ところがアクシデントが発生、辛うじて11本は劇場に足を運ぶ事が出来たが、出演者にお願いしていたキャンセル可能な3本と大衆演劇4本は観劇が叶わなかった。


雪国の宿命とも言えるタイヤ交換予約日の11月19日。大衆演劇NEXT速水映人特別公演(群馬県桐生市)から始まる怒涛のスケジュールの前々日だった。スタッドレスタイヤを車の後部座席に積み込もうと持ち上げた途端、背中にズキンと強い痛みを感じた。

整形外科でMRI検査をした結果は第11胸椎圧迫骨折。

安静にしていたら1ヶ月ほどで自然治癒するはずだった。

でも11本のチケットを前にして、それも毎年楽しみにしている七海ひろきディナーショーをはじめ、苦労して入手した合計15万円近くのチケットをフイにすることは出来なかった。

当初観る予定の7本を諦めた分、長くなった秋田での間は無理をしないようにはしていたが、遠征後半は寝ている体勢から起き上がる時には激痛が走る日々になった。

遠征最終日12月17日の翌日、再度MRI検査を承けたところ、上下の10と12の胸椎も圧迫骨折してしまっていた。

鎮痛剤と湿布とコルセットだけでは治るはずもなく、25日入院することとなった。


病名は胸椎多発骨折、脊椎後方固定術・椎体形成術の手術を1月7日に受ける事で入院を許可された。

だが、1月2日撮ったレントゲンと数日間の状態の結果を踏まえ手術はせず、保存療法に切り替わった。

安静にしていたことで、起き上がる時の痛みはほぼ無くなり、年末年始だったこともあり特に検査・治療もなく、理学療法士から提示されたリハビリをやる程度の入院生活だった。

残念なことに病室にWi-Fiが飛んでなくて、6ギガでは📱での情報収集はほとんど出来なかった。

1月中旬は退院後の生活のための準備で度々外出許可をもらい自宅に戻り、寝室移動(2階→1階)や部屋の片付けを業者の方にも手伝ってもらい

17日に退院した。

24日間の長期入院だった。


速水映人出演の神戸三人会も含めた19~23日の今年最初の遠征は流石に諦めた。

翌週26~30日は最低限の観劇に留めなんとか上京出来た。


座ったまま、立ったままの同じ姿勢ていると背中と腰に負担がかかり痛みが出てくるので、新幹線の中では多目的室という横になれるスペースを借りて、4時間の乗車時間のうち1~2時間は休憩して痛みが発生しないようにしたり、駅の階段の登り降りは極力回避し、荷物も最小限にしたりで、2月の遠征もどうにか予定通り行って来られた。


日常では、前傾姿勢が続くと痛み出すので、流しの片付けがまともに出来ないため、調理もごくごく控えめで、宅配弁当も週何回か利用したり、重い物の買い物には、なんでも代行屋さんにお手伝いを依頼したりの生活である。

重量500gのオーダーメイドコルセットの装着はまだまだ続けることになりそうで気が重い。


大切なあの人から、メッセージカードが添えられた



退院祝いのアレンジメントが贈られてきた。

お心遣いに感謝。


ここ10年近く、元旦は家で迎え、2日3日はあきた芸術村温泉ゆぽぽに宿泊し、わらび座ミュージカルを観劇して過ごすお正月を送っていた。

今年はそれも出来ず、お正月は何もない、そんな時を病室で過ごした。

唯一お正月を感じた病院食の元旦お昼の特別メニュー。

入院途中1月4日📱が壊れ、それ以前の写真がバラバラに。

後日Xに載せます。