「見える学力見えない学力」と中坊氏の本とは異なる中坊氏の自伝からの内容です。昔から子供のいる親子さんには読まれていますよね?

岸本裕史の本です。参考になるけど僕にはちょっとです!


 彼は豊富な資料と体験を基に「学力」をつける方法論を生活面をからめて展開しています。

皆さんも参考として下さい。僕は中坊さんの方がいいけどね!先ずは岸本さんです。


 「なぜ長子はできるのか」の章では

「アメリカでは高学力児は長子に多いとのデータ、社会的成功を収め出世するのも長男と一人っ子に多い。


 ~同じ両親でも長男が学力が高いのは遺伝のせいでなないのです。二番目の子の方が活発で逞しいのも遺伝のせいでなないのです。


 それは環境のせいで二子にも長男と同じ環境を基に育てれば長子と同じく高い学力、知的能力が見につくのです!」


 そして「我が子をお金も使わずに賢く育てるのにはどうしたら良いかを考えていきます。


 各章が始まります。そして、個々人には様々な生き方があるとは書いてはいますが「出世」

社会的地位」「紳士録」がキイワードになっています。


 例えば、或る章では「自由な雰囲気の家庭では親子の間では知的内容を含んだ会話がなされ」「共通語」になじませ「子供の言語能力は親の言語使いに規定され」「読書習慣をつけさせ」「毎日二時間の外遊びをして」「朝起きたらすぐ寝巻をたたみ、布団を重ね、はを磨き…ウンコをする」といった生活瞬間を「規則正しく」「家庭再学習」をきちんとする。


「昔から家庭での学習抜きで賢くなった人などは一人もいないのです」と断定されています。

え~本当ですか?と言いたくなります!

そして随所に「成績の良い子」は「学力の高い子は」が枕言葉として連発されています。


 なんか僕だったら息が詰まってしまいそう?

だから僕には余り学力が付かなかったんだ❗


 この岸本さんの説と違う内容が新聞に載っていました。

 中坊公平さんで弁護士だった方です。

「金ではなく鉄として」の題名の自伝です! 


「私は出来の悪い子だった。小学生の成績表は

甲乙丙で甲は作文とたまにもう一つぐらい。あとは乙と丙が半々だった。私の担任の先生が父に或る時、息子さんの成績は余りにひどい。


 ご両親とも小学高の先生なのだから少しは家で勉強を見てやられたらどうですか」と忠告された時


 父はこう言った。

「残念ながら家の子は、金、ではない。勉強でも他の事でも人より劣る。それでも親が勉強を見てやれば一応の格好はつく。でもそれは、鉄に金メッキするようなものだ。メッキはいずれ剥がれる時がくる。それこそ本当に本人にとって悲劇です。


 それより鉄は鉄としてメッキせずにどう生きていくか、それをもがいて探させた方がいい。(中略)


 弱くみすぼらしい自分の現実を直視する事が必要で「それこそ教育の第一歩」と言うのが父の考えだったと思う。私は「金メッキせんでも、鉄、は、鉄なり、に生きて行けるで」と今の子供たちにも親にも伝えたい。



今日も疲れた🎈おやすみなさい!

明日も良い一日でありますように🌙