民主の参院過半数割れが決まった。
所謂「ねじれ国会」であるが、政権交代前の時のヤツとは事情がチト違う。

衆院で2/3以上を持っていない民主にとって「衆議院の優越(憲法59条)」が使えない為、ヘタをすると法案が一本も通らない事だってあり得る。

まあ、民主の法案は「売国法案」が大多数だから、小生は大歓迎なのだが(笑)…

しかし、野党側も攻め方を良く考えないと「返り血」を浴びる事になる。

法案審議のやり方でも、一切通さない方法と、修正して通す方法とがあるが、どちらも一長一短である。

一切通さないと、与党側及び国民から「意図的に国会空転させている」と非難が出かねない。
また、修正協議に応じると通した法案が「政府の実績」となり、これを喧伝されると面白くない…。


このあたりの「さじ加減」に機微な政治家が現在の野党…特に自民党に居るものか、恐ろしく不安である。


いずれにしても、まだ始まったばかり…。政界再編もあり得る展開である。
もうしばらく静観してみたい。
現在の子供用の昔話の本は小生が読んだ内容とは随分違うものが多々ある…。

例えば、「カチカチ山」などは…悪ダヌキがお婆さんを騙して叩き殺すくだりは大ケガを負わすシーンに変更され、ウサギもタヌキを殺すまで至らず、改心させてお婆さんに謝らせると言うシーンになっている。


確かに、昔話は陰惨なシーンが少なくないが、その辺りをテキトーに誤魔化す意図が小生にはよく分からない。

殺人のシーンが良くないのであるなら、ほぼ毎週人が殺されるドラマはどうなのか?って話になるし、ウサギがタヌキにした報復はやり過ぎではないのか?と言う疑問さえ湧いてくる。
人が殺された事はNGで、その報復はOKというのは違和感があるように思えるのは小生だけだろうか…。


最近はこんな「枝葉末節」、小手先だけ変えてお茶を濁す事が目につく。

幼い子供に残虐なシーンを著わしたくない作者(若しくは編集者)の気持ちは分からなくもないが、昔話と言うのは先人の教えや教訓や戒めがふんだんに盛り込まれているものが多く、曲解・意味深長にならない為にもオリジナルのままにしておくのが良いと小生は思うのだが…。

中には「心理的ショック」を与えない為、意図的に内容をソフトに変えているものもあると聞く。
しかし、そんな温室の如き育て方で良いのだろうか?
そんな手ぬるい育て方で世界と渡り合える人間が育つだろうか?


もう一度、制度も含めて育て方を見直すべきだろう…。
今日のニュースで「子供手当」の話が出ていた。

支給の意義や、本当に子供の為に消費されているか…等という検証が内容だったのだが…。
悪いがさして内容が有るとは思えなかったので、割愛しておくが、一つ気になったのは、「子供手当」によって『習い事』が増えて遊べなくなったというものだ。

小生も勉強はあまりしなかったが、さして後悔はしていない。 社会にでてから学ぶ事の方が遥かに多い。
学校で学ぶモノ等は後々、物事がスムーズに進む為の予備知識ぐらいにしかならない。

その予備知識を基準にしてこの「青田刈り」を未だに続けているのが『官僚』と一部の「企業」である。


学歴偏差が必ずしも悪いとは言わないが、同じようなトコを出て、同じメシを食らい、似たような友と交わる……。そんな「ほぼ同思考」の彼等が大挙して入る政府や企業に「活性化」や「改革」なんぞあり得るのか?甚だ疑問である。

その究極に左脳化した官僚が引き起こしたのが、「暗愚の昭和~戦争への道」である事を忘れてはならない…。


少し話が横道に逸れた…。
「ナニワ金融道」の著者、故・青木雄二氏は著書の中で「一次大戦下、バブル経済のアメリカでは教育に金を掛ける中流階級が増えたらしい。何故教育なのかは、一番リターンが目に見えて分かるから…。」とある。
子供を投機の対象にするような事は止めて欲しい…。って言っても、バカ親が自分の身の丈を考えずに過剰な期待を子供に託すんだろうけど……。子供にとっては迷惑千万・場合によっては虐待と変わりない!

もっと人として大事な根幹を忘れて教育を施すのは「仏作って魂入れず」、亡国の一途を辿る愚行と小生は思う。

教育の話はまた後の講釈に譲るとして…。


読み書き以前に人としての「礼儀」や「躾」がなされてなければ『人』ではない…。
自分の人生の集大成として育てた『人』を自信を持って送り出したいものである。