ミクシイはほぼ1年('06.12.31から)使ってきましたので、昨年のミクシイの日記から、こっちに移してもよさそうなものを、アメブロでも公開してみようと思います。また、それをすることで自分自身を振り返りたいと思います。
++++引用開始++++
(前略)
私の「学習観」「人間観」の基本のひとつは、波多野 誼余夫,稲垣 佳世子両氏による著作で知った考え方です。『知的好奇心』『人はいかに学ぶか』(中公新書)、『知力の発達―乳幼児から老年まで』(岩波新書)といった著作。
『知的好奇心』(中公新書)は、教師・教育関係者はぜひよんでほしい一冊です。私のもっているのは、昭和59年11月発行の24版。教員になって2年目に買っている。この本の帯は、こんなことが書いています。
「人間怠けもの説を実証的に覆し新しい学習観・労働観を提唱。毎日出版文化賞受賞」(表)
「伝統的な心理学の理論は、人間を『ムチとニンジン』がなければ学習も労働もしない怠けもの、とみなしてきた。それは果たして正しいか。本書は、興味深い実験の数々を紹介しつつ、人間は生まれつき、進んで情報的交渉を求める旺盛な知的好奇心を持ち、それこそが人間らしく生きる原動力であることを実証し、怠けもの説に基づく従来の学習観・労働観を鋭く批判する。とくに、楽しい学習の設計、幼児の知的教育の可能性を具体的に追求する。」(裏)
なぜ、この本を読んだかというと、明治図書の『授業研究』か『現代教育科学』の雑誌で、向山洋一氏が連載しているとき、この本を推薦しているのを読んだかからじゃなかったかと思います。かなり、興味あることでした。
その後、『知力の発達 ―― 乳幼児から老年まで ――』(波多野誼余夫,稲垣佳世子著・岩波新書)という本がでましたが、これがいい!
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/42/0/4200180.html
にもあり、表紙扉にも、こう案内しています。
「頭のいいわるいは生まれつき,知能の発達は青年期で止まるという考えが長い間信じられてきた.最近の発達心理学は,知力の発達は意欲や環境と大いにかかわり,乳幼児期から老年まで続くことを明らかにする.賞罰や強制は逆効果で,応答的な環境こそが発達をうながすという実験結果をあげて,発達についての新しい見方を示す。」
タイトルの「賞罰は知的意欲を低下させる」は第3章の見出しです。 見出し・小見出しをいくつか。
・「ごほうび」は興味を低下させる
・物的報酬は意欲にマイナス
・「評価」されると嫌いになる
・一方的働きかけは禁物
・教えこみは知力を伸ばさない
・応答的な環境は発達をうながす
・問題を与えて考えさせる
・やさしすぎず、むずかしすぎず
・考えるヒントを与える
・「たよりすぎ」はマイナス
・相互にやりとりする楽しさ
行政や古い考えのかたは、すぐ「表彰」ということをいいだず。なんなんでしょうかねえ。学校現場でも、よくあります。本を読んで100冊表彰なんてのがありましたが、これは、私は大反対。
ごほうび主義に毒されたら、知的な興味関心ということにむすびつかない。ときに、そういう学生もいます。GWTをやって、「一番になったら、なにか賞がでますか?」というようなことをいわれたことがありました。わたし、にっこりわらって「ないよ(^_^)」。ここで、賞とだすというと、本質がかわってしまうんです。そのものの面白さではなく、賞にしか関心がむかなくなる。知的な学びができなくなる。まなびは、まなびとしてたのしい。あそびはあそびとしてたのしい。そこなんです。この波多野さんたちの本は、「読書へのアニマシオン」を考える際にもたいへん参考になります。ちなみに、読書へのアニマシオンでも、賞罰は無関係。
「評価」されると嫌いになる。――私は、大学時代、卒業単位ぎりぎりしか取っていないんです。で、好きな先生のは、単位申告しないで、聞きにいっていました。また、別に単位を落としたわけではないのですが、下級生のクラスにまじってきいていました。社会心理学の先生と漢文の先生がすきで。あと、国語学関係ですね。「国語科教育法」「国語表現法」は、単位は3年の時にとりましたが、4年次は、私たちが3年でならった先生ではない先生が非常勤でこられるってんで、聞きに言っていました。「評価」されることなく、楽しんで、受講できましたね。
今、短大勤務で、成績つけなくてはいけないのは、まあ、しょうがないので、私は、講義では、学生さんの自己評価を基本に、出欠状態やその他ふりかりシートなどをみながらつけています。まあ、だいたい自己評価はただしくつけていますね。
自己学習力、自己評価力って、学ぶ上で大事なことと思うんだけどなあ。
評価、評価、評価・・・・どんどん逆行してますね、私にいわすれば。
<日本の教育は、もともと能力の開発よりも選抜に重きをおいていた>、『知力の発達』のまえがきにでてくることばです。ほんと、そうだ! 「エデュケーション」を「開智」とやくしていたら、もっと「能力の開発」ということに意識がいったかも。
++++引用終了++++
去年の8月31日に書いた日記ですが、この考え方はますます強くなりました。今、教育再生改革とかいわれていますが、どうもおかしい改革が進んでいますね。
(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授 a73@nifty.com
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