第1章 児童図書館界の動向 4


 児童図書館奉仕の動向と今後 (2)


 子どもに本を手渡すために 読書へのアニマシオン



 1 読書へのアニマシオンとは何か


 「アニマシオン」という言葉はスペイン語である。日本語に訳すと、「命を吹き込むこと、活性化、元気づけ」といった意味があてはまる。したがって、読書へのアニマシオンとは、「読書という行為に取り組んで行くための元気づけ」になる。参加者がコミュニケーションを楽しみながら、アニマドールという指導者のもと、遊びの感覚で、本の世界を発見する(理解し、楽しみ、深く考える)手助けをする活動である。

 読書離れ、活字離れが進む中、スペインで生まれた手法であり、スペインでの推進グループのひとつに、1993年、子どもの本の普及に尽くした団体に贈られるIBBY朝日国際児童図書普及賞が授与されている。そのグループの代表の本が1997年に『読書で遊ぼうアニマシオン』という書名で翻訳出版され、2000年、国立教育政策研究所がその著者を日本に招いて、講演や読書へのアニマシオンの実演をされたことから、すこしずつ日本でも注目されてきているところである。
 2001年12月、『読書へのアニマシオン 75の作戦』(M・M・サルト著 宇野和美訳 カルメン・オンドサバル+新田恵子監修)という本が柏書房より刊行されている。
  2002年から2006年までの「読書へのアニマシオン」の動向は、この書物の出版を基本に考えていきたい。
 読書へのアニマシオンの具体的な方法は、一般的に「作戦」と呼ばれ、上記の本には、例えば、「読みちがえた読み聞かせ」「これ、だれのもの?」「いつ?どこで?」「何を言いたいの?」「いる?いない?」「本と私」「前かな、後ろかな?」といった名前の75の作戦が紹介されている。



 2 読書へのアニマシオンの意義


 この読書へのアニマシオンをすることによって、どういう効果があるかというと、上記の著者であり、この手法の開発グループの代表であるM・M・サルト氏は、日本での講演で以下のようなことをあげられた。


 ① 参加者とアニマドールが、互いにコミュニケーションできる。
 ② 知性の発達を助ける。
 ③ じっくり考える能力が発達する。
 ④ 分析する能力を育てる。
 ⑤ 要約をする力がつく。
 ⑥ めいめいの答えを刺激すると同時に、尊重する。
 ⑦ 集団で考えた答えを尊重する。
 ⑧ 物語の価値をみいだす。
 ⑨ 読み手が本を好きになる気持ちを引き出す。
 ⑩ きびきびと知力を働かせるよう、刺激する。
 ⑪ 自主性を高める。
 ⑫ ほかの人の意見を尊重する。
 ⑬ ほかの人の読み方を知って、自分を豊かにする。 
 ⑭ ほかの人の優れた点も、限界も、受け入れる。
 ⑮ 知的な面で協力するよう、刺激する。


 旧来の読書推進活動である、読み聞かせやブックトークなどは、どちらかというと、児童が受け身で一方的に聞くという面が強かった。それに対し、読書へのアニマシオンは、参加者がお互いにコミュニケーションをしながらというような、積極的に本で遊ぶという面が強い。読書へのアニマシオンの最大の意義は、文字通り、新しい視点による活動として、日本における読書推進活動を活性化(アニマシオン)したことであろう。
 また、本がなかなか売れないなど、文字・活字文化の振興がさけばれている中、読書へのアニマシオンをする際、実際、参加人数分の本が必要というのもあり、出版販売促進の可能性の意義も指摘しておきたい。

 さて、「読書へのアニマシオン」とは何かを考えていく上で、「アニマシオンでない」ものを考察していくという方法もある。スペインにおける研究でも、「反アニマシオン」ということで、以下の五つをあげている。


 ① 本をテレビと対立させること
 ② 学習のために読むこと
 ③ 本を、遊びと対立するような何か「堅苦しいもの」とみなすこと
 ④ 子どもには読書を強要しつつも、自分は模範的な行動をとっていないこと
 ⑤ アニマシオンの活動を本に関する文化行事にしてしまうこと


 日本においての読書へのアニマシオンの導入が、テレビやゲームなどのメディアから遠ざけるための手法や、国語授業の一手法や、読書週間などのイベントのためのものとなってしまえば、読書へのアニマシオンのもっている本来の意義とは違うものになる危険性もあることを我々は留意しなければならない。



 3 アニマシオンの広がりと現状


 日本での読書へのアニマシオンのはじまりは、1997年に出版された『読書で遊ぼう アニマシオン』で示された25の作戦をもとに、いかに子どもたちと楽しむかの試行錯誤であった。その後、子ども読書年であった2000年以降では、1で述べたような動きがあり、また、スペインへ実際に行き、読書へのアニマシオンのセミナーを直接受けてきた人々による勉強会、研修会、著作などにより、学校図書館や公共図書館などで実践がすこしずつ認知されるところになっている。
 2002年以降、読書へのアニマシオンでの代表的な著作としては、以下のようなものがある。

・『読書へのアニマシオン入門―子どもの「読む力」を引き出す』 有元秀文 学研 (2002/10)
・『はじめてのアニマシオン―1冊の本が宝島』 岩辺 泰吏 まなび探偵団アニマシオンクラブ 柏書房 (2003/5)
・『子どもと楽しく遊ぼう 読書へのアニマシオン―おすすめ事例と指導のコツ』 黒木秀子・鈴木 淑博 学事出版 (2004/5)
・『読書のアニマシオン -子どもと読書の世界を広げる』佐藤凉子 児童図書研究会(2005/5) 
・読む力を育てる読書へのアニマシオン (学校図書館入門シリーズ (14)) 渡部 康夫  全国学校図書館協議会 ( 2005/12)
・子どもが必ず本好きになる16の方法・実践アニマシオン 有元 秀文 合同出版 (2005/12)

 これ以外にも、VTRによるものやDVDによる読書へのアニマシオンの指導法もいくつか出版されている。読書へのアニマシオン実践のバイブルとでもいうべき『読書へのアニマシオン 75の作戦』は、かなり詳しく書かれたマニュアル本である。しかし、具体的な本での実践例はない。そういうところを補うように、具体的な本で、実際どうやるのかを書かれたり、映像化されたものが出版されたことは、今後の実践に大きな意味がある。


 4 アニマシオンの課題


 しかし、読書へのアニマシオンをめぐってはいくつかの問題もある。ここでは、2点ほど指摘したい。
 1点目。「アニマシオン」を、今まで述べてきた『読書へのアニマシオン 75の作戦』をできるだけ忠実に実践していく立場と、柔軟に「アニマシオン」を解釈して実践していく立場とがあること。
 読書へのアニマシオンは、日本生まれではない。スペイン生れである。外国からいろいろなものが入ってくると、その開発者が求めたところ(理念・哲学)を抜きに、うわべのやり方のみを真似してということが多々ある。うわべの理解だと、読書へのアニマシオンは、目新しい「読書ゲーム」や「読書クイズ」どまりである。「子どもは生まれたときから<本の読み手>として成長する可能性を持つと私は確信している」というM・M・サルト氏たちが、「進んで本を読む読み手を育てるために」開発したこの手法の原点を、いつも振り返る必要があろう。
 前に、『読書へのアニマシオン 75の作戦』は、マニュアル本と書いたが、単なるマニュアル本ではない。詳しく書かれた「方法(マニュアル)」の記述の中に、著者の「哲学」がきちんと述べられている。
 とはいえ、実際、日本で忠実に実践しようとするとかなりきびしい面もある。参加者分の本を用意したり、自由参加にしたりといったことである。また、日本人とスペイン人の国民性の違いにより、作戦自体が成り立ちにくいところもある。柔軟に「アニマシオン」を解釈して実践していく立場の人々の中には、どんどん新しいオリジナルの作戦を作っている人もいる。むろん、ここはスペインではなく、日本である。しかし、まずは、もとの作戦を実際検証してみて、そのあとで、日本人にあった作戦を考えるべきではないだろうか。
 本稿では、「読書へのアニマシオン」ということばをM・M・サルト氏の著著から考えていったが、柔軟に「アニマシオン」を解釈して実践する立場の人々で、フランス、スペイン、イタリア等の南欧諸国で「社会文化アニマシオン」運動との関係で考える人もいる。これは、日本におけるレクリエーション運動に近いものである。「読書へのアニマシオン」は、スペイン語ではAnimación a la lectura というが、スペインの書店には、同名の本がいくつかあり、「社会文化アニマシオン」運動の立場で、レクリエーションとしての「読書へのアニマシオン(Animación a la lectura)」を推進している本も存在する。こうなると、「読書へのアニマシオン」は「読書レクリエーション」と言っていいものになり、かなり広義の解釈になってしまう。極端な話、読み聞かせも紙芝居もブックトークも、みんな広義の読書へのアニマシオンではないか。ある程度の、線引きが必要であろう。

 2点目。アニマシオンの実践が、学校教育現場、とりわけ、国語の授業での実践が多く、公共図書館への広がりがいまいちであること。
 学級崩壊や授業の不成立の中、なんとか授業を変えていかなくてはという問題意識から、読書へのアニマシオンを授業改善の一手法として実践する学校の現場の受け取り方がある。ここにとどまるのはもったいないし、危険性もある。
 2001年12月、スペインでセミナーをうけたとき、読書へのアニマシオンを子どもたちとする人(アニマドール)は、親でも、教師でも、司書でも、読書ボランティアでも、どなたがなってもいいといわれた。一番いいのは、親が子どもにとって、いいアニマドールであることかもしれない。教師の立場、司書の立場、読書ボランティアの立場と、それぞれの立場で、子どもと本の橋渡し役になれることがあると思う。
 スペインで、アニマドールになってもらいたい人の3条件として、M・M・サルト氏は、


 1つ目、本が好きであること
 2つ目、子どもが好きであること
3つ目、子どもたちのためなら、すこし自分が犠牲になってもいいという気持ちがあること、

の3つをあげられていた。
 これこそが、児童奉仕の原点ではないだろうか。

 読書へのアニマシオンは、「お勉強」でない。「遊び」である。学校の先生が読書へのアニマシオンを実践する場合、この、学ばせる、お勉強になる危険性がある。また「ゲーム」ととらえ、競い合いが優先されたりもする実践もあるが、はたして、競い合わせて、本を読む楽しさにつなげられるかは疑問である。
 『ホモ・ルーデンス』(ホイジンカ著・高橋英夫訳・中公文庫)という本がある。アニマシオンのセミナーで、M・M・サルト氏はこの本を紹介された。「読書へのアニマシオン」は、「遊び」なんですよ、そして、「遊び」の意味を考えるために、ぜひ、この本を読んでほしい、と。人間は学名「ホモ・サピエンス」という。ホイジンガは、人間の本質を「遊ぶ」こととし、「ホモ・ルーデンス」すなわち「遊ぶ人」と名づけているのだ。
 子どもたちと「遊ぶ」ひとつの方法として、日本人や日本の現状にあった、読書へのアニマシオン実践を、研修をつみながら、もっと気軽に挑戦していくことが我々のさらなる課題である。

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