自分でもかなりの「気分屋」だと思っています(^_^)/
気分がのらないとやれない、やらない(-_-;) だから、いつもおいつめれらて、仕事をすることになります。おいつめられて、ぎりぎりなんとかできてしまうのが、これまたすごい(と自分で思ってしまいます。もっと余裕をもってやったら、いいものができるかも。今度こそはと・・いつも思いつつ(-_-;))
この年末年始にやろうとおもっていた3つのこと、結局できていません(T_T)
うーん、気分がいまひとつのらんやった(^_^;)
そのうちのひとつは、今日、明日でやりあげないと。これは気分的においつめられていています。おいつめられ、ギリギリ動く。ま、なんとかなるでしょう。
この「気分」というのは、私にとってかなり大事なものであります。
* * *
が、朗読においても、実は「気分」って大事なものではないかと思っていました(「気分屋」は困りますけどね(*^_^*))
『永井一郎の「朗読のヒント」』(ふきのとう書房)で永井一郎さんは「気分」に触れています(^_^)/ ここも好きなところです。
タラちゃんの声の貴家さん、なぜタラちゃんの声が出せるかというと「どんなときでも、瞬時に、元気で無邪気なタラちゃんを演じる気分に、自分をもっていける」からだそうです。
野沢雅子さんやカツオの声の高橋和枝さんは、自分の私的な出来事でたいへんなことがあってもそれをださない、それは「他人の気分まで気を遣って」おられたからだそうです。
<日常で声が変わる一番の原因は「気分」>。<プロが一番大切にしていることは、表現に必要な一定の気分を常に取り戻し、それを保つということです>。
「表現に必要な一定の気分を常に取り戻」すにはどうしたらいいか。それは「観察すること」であったり、「記憶を探す」ことであったり、「考えてみること」であったり。
いい朗読するには「教養」が必要だということは、こういうことみたいですね。
永井さんは、NHKのアナウンサー・加賀美幸子さんが、落ち着いた美しい低音、「低い声になったらか、上手な朗読ができるようになった」のではなく、「教養と分別と表現技術があるからこそできることで、声だけの問題ではないから」だと言われます。「分別」というのが、「気分」につながることかな。
「女性は朗読に向かない?」の章、朗読の心構えとして、こうまとめられています。
「世の中や人間を観察してください。記憶を探してください。役作りをしてください。日常の気分を持ち込まないでください。日常の気分に逃げ込まないでください・日常の気分を切り替えてください。イメージを広げてください。内容を理解してください。その内容と自分の感動を伝えてください。集中してください」(前掲書84p)
朗読者としての教養の磨き方ですね。さあ、新しい年、観察することや記憶を探ることなどを楽しんでいこう(^_^)/ 気分のコントロールもね(^_^;)
(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授 a73@nifty.com )