正月から漱石三昧です。1日は、ラジオで漱石作品の朗読を味わったし(^_^)/
[スカパー!/Ch.261 チャンネルNECO (Ch.261)]
でも、<「それから」「三四郎」「こころ」「吾輩は猫である」の映画やっています。
<監督たちの挑戦~夏目漱石と映画>。こんな内容です。
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「それから」
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1985年・131分・カラー
監督:森田芳光 出演:松田優作 藤谷美和子 小林薫 笠智衆 中村嘉葎雄 風間杜夫。
定職につかず”高等遊民”として暮らす代助は、かつて愛する女を友人に譲り、二人を結婚させた。だが女への想いを断ち切る事が出来ず、やがて許されぬ恋の世界へ身を投じる。『三四郎』『門』と並ぶ恋愛3部作のうちの1作を、森田芳光が松田優作を主演に迎えて映像化。
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「 夏目漱石の三四郎 」
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1956年・東宝・81分・モノクロ
監督:中川信夫 出演:山田真二 八千草薫 笠智衆 土屋嘉男 江原達怡 岩崎加根子。
大学進学のため熊本から上京したうぶな三四郎は、新しい生活の中で様々な人と出会い、淡い恋も経験する…。怪談映画の巨匠として有名な中川信夫が、夏目漱石の名作に挑んだ一本。成瀬巳喜男監督作品で知られる名カメラマン・玉井正夫による撮影も素晴らしい。
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「吾輩は猫である」
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1936年・88分・モノクロ
監督:山本嘉次郎 出演:徳川夢声 宇留木浩 丸山定夫 千葉早智子。
中学の英語教師・苦沙弥先生の家に出入りする一風変わった知識人たちと、その身辺で起こる小事件を、飼い猫の目を通して描く。夏目漱石初の長編小説を、山本嘉次郎監督が原作の持つ軽妙洒脱な味わいを損なうことなく映画化、徳川夢声の妙技も相まってソフィスティケートされた作品となった。
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「こころ」
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1955年・122分・モノクロ
監督:市川崑 出演:森雅之 新珠三千代。
三橋達也 安井昌二 田村秋子 奈良岡朋子海水浴で偶然知り合った”先生”が突然自殺を遂げ、その遺書により、日置は先生の苦悩を知る。『ユメ十夜 Ten Nights of Dream』で漱石文学に三度挑戦した市川崑監督が、初めて手がけた漱石作品。いわゆる”崑タッチ”ではない正統派の演出と、森雅之ら名優たちの緻密な演技も見どころ。
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++++引用終了++++
今年、『ユメ十夜 Ten Nights of Dream』という映画が上映されるそうで、そのための特集でしょうかねえ。漱石の「夢十夜」が発表されて100年。 「夢十夜」の本文にも、<百年待っていて下さい>ということばがキーワードだしな。
映画の「こころ」も「三四郎」も、「それから」も、なかなかよくできていました。 しかし、漱石の原文にはかなわない。「それから」の最後はこうです。
<「門野さん。僕は一寸職業を探して来る」と云ふや否や、鳥打帽を被つて、傘も指さずに日盛りの表へ飛び出した。
代助は暑い中を馳けない許に、急ぎ足に歩いた。日は代助の頭の上から真直に射下(おろ)した。乾(かは)いた埃(ほこり)が、火の粉(こ)の様に彼(かれ)の素足(すあし)を包(つゝ)んだ。彼(かれ)はぢり/\と焦(こげ)る心持がした。
「焦(こげ)る/\」と歩(ある)きながら口(くち)の内(うち)で云つた。
飯田橋へ来(き)て電車に乗(の)つた。電車は真直に走(はし)り出(だ)した。代助は車のなかで、
「あゝ動(うご)く。世の中が動く」と傍(はた)の人に聞える様に云つた。彼(かれ)の頭(あたま)は電車の速力を以て回転し出(だ)した。回転するに従つて火(ひ)の様に焙(ほて)つて来(き)た。是で半日乗り続(つゞ)けたら焼き尽す事が出来るだらうと思つた。
忽ち赤(あか)い郵便筒が眼(め)に付(つ)いた。すると其赤い色が忽ち代助の頭(あたま)の中(なか)に飛び込んで、くる/\と回転し始めた。傘屋(かさや)の看板に、赤い蝙蝠傘(かうもりがさ)を四つ重(かさ)ねて高(たか)く釣(つ)るしてあつた。傘(かさ)の色が、又代助の頭(あたま)に飛び込んで、くる/\と渦(うづ)を捲(ま)いた。四つ角(かど)に、大きい真赤な風船玉を売つてるものがあつた。電車が急に角(かど)を曲(まが)るとき、風船玉は追懸(おつかけ)て来(き)て、代助の頭(あたま)に飛び付(つ)いた。小包(こづゝみ)郵便を載(の)せた赤い車がはつと電車と摺(す)れ違ふとき、又代助の頭(あたま)の中(なか)に吸ひ込まれた。烟草屋の暖簾が赤かつた。売出しの旗も赤かつた。電柱が赤かつた。赤ペンキの看板がそれから、それへと続(つゞ)いた。仕舞には世の中が真赤(まつか)になつた。さうして、代助の頭(あたま)を中心としてくるり/\と焔(ほのほ)の息(いき)を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きる迄電車に乗つて行かうと決心した。>
(http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/1746_18325.html から)
これをどう森田芳光監督が映像化したかというと・・・普通に歩いている場面で終わりです。文章を読んで、イメージした世界のほうがすごいと思いますね。 先日、漱石研究の第一人者である佐藤泰正先生からの受け売りです(^_^)/ 1985年、この映画が公開されたときにもお聞きしました。佐藤先生、森田監督もいいし、松田優作と藤谷美和子を器用したのもいいと言われていましたね、その当時(*^_^*) 先日のうちの短大の講演では、「文学」のすごさというか「ことばの力」についておっしゃっていました。
ところで、漱石文学を映画化・映像化したのって、まだあるとおもうんだけどな。映画とかテレビドラマで。
例えば、「坊ちゃん」。私の知っている範囲でも3つあります。坂本九、中村雅俊、柴俊夫。昔、聞いたとき佐藤先生は、「柴のがいい」っておっしゃていました。どこがいいかというと最後の描かれかたです。坂本九、中村雅俊のは映画で、私の記憶違いがなければ、たしか、松山を離れるところで終わっています。柴は<街鉄(がいてつ)の技手>で、旗を振っているところでおわっていたと思います。柴のはNHKのドラマだったと思います。
<清(きよ)の事を話すのを忘れていた。――おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄(かばん)を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙(なみだ)をぽたぽたと落した。おれもあまり嬉(うれ)しかったから、もう田舎(いなか)へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。
その後ある人の周旋(しゅうせん)で街鉄(がいてつ)の技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清は玄関(げんかん)付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月肺炎(はいえん)に罹(かか)って死んでしまった。死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋(う)めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向(こびなた)の養源寺にある。>
(http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/752_14964.html
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なぜ、身内でもない清の墓が「坊っちゃん」のお寺にあるのか――そこが佐藤泰正先生の「坊っちゃん」論に書かれていたんじゃないかな。
ほかに、伊丹十三がでている「吾輩は猫である」映画もあったはずだし、イッセー尾形が日曜日の9時からのなんとかドラマで「こころ」(だったと思う)をやったこともあるはず。
柴の「坊ちゃん」とイッセー尾形の「こころ」、できたらもう一回みたいもんだ。
(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授 a73@nifty.com )