同じことばだからとって、同じように解釈していいものか。


 たとえば、「文学」ということばで、「自然主義文学」と「反自然主義文学」「ロマン主義文学」を同じようなものとすることは私にはできません。やはり、それぞれ姿勢がちがうから。

 文法理論でも、「橋本文法」と「時枝文法」を同じようには説明できません。違う発想ですから。


 「アニマシオン」ということばがついているからといって、同じものとは解釈できないでしょう。


 それが、『図書館雑誌』に連載されている「フランスにアニマシオンをたずねて」という連載を読んでの、いまのところの感想です。また、いつもいいますが、人間というのは、自分の興味関心・専門分野という色めがねのフィルターで受け取り、解釈してしまいがちなので、これもまた問題。これは自戒でもあります。まえに、勉強・研究は「すなお」さが必要と書きましたが、まずは「すなお」にうけとらないとね。そうでなくても、自分の文脈でうけとってしまうのが人間ですから。


 「図書館雑誌」(日本図書館協会)という月刊誌で、「フランスにアニマシオンをたずねて」という連載が10月号からはじまっています。


10月号  「フランスにアニマシオンをたずねて その1」 ● 岩辺泰吏
11月号  「フランスにアニマシオンをたずねて その2 パリの二つの滞在型図書館――子どもと大人――」 ● 江森隆子
12月号  「フランスにアニマシオンをたずねて その3 ヨーロッパ規模の青少年交流勝郎――パリで「インターカルチャー」の講義を受けて――」 ●黒木秀子


 私自身、「社会文化アニマシオン」とモンセラさんの「読書へのアニマシオン」は、発生過程が違うということはこのブログに書いています。モンセラさんの「読書へのアニマシオン」は、また他のスペインでやっている「読書へのアニマシオン」とも違うということも書いています。スペインの「アニマシオン」とフランスの「アニマシオン」とは、同じ「アニマシオン」とはいえ、違うと思うのですが・・・。「社会文化アニマシオン」と同じようなうけとりかたをしている「アニマシオン」もスペインにはあります。そういう考え方の「読書へのアニマシオン」もあります。そのを文献を私は持っています。しかし、モンセラさんたちの「読書へのアニマシオン」はそれとは違うのです。


 私は「レクリエーション」についても、旧来の「人と競う型のゲーム」を主体とした「レクリエーション」とは違う、「競争しないで遊ぶ」「レクリエーション」に深く共感し、その研究をすすめています。このふたつは「レクリエーション」ということばは共通であっても、違う発想からスタートをしています。だから、似たような遊びがかりにあっても、目的が違うから違うものというしかないのです。


 「アニマシオン」もそう。


 モンセラさんの「読書へのアニマシオン」は、「社会文化アニマシオン」活動(日本でいえば「レクリエーション」活動に近い)とは、違うところから発想されているんです。これは、スペインで、モンセラさんから直に聞いたことですから間違いありません。聞いたのは、セミナー4日目、昼食のとき、モンセラさんと同じテーブルで食事を一緒をしたときです。


 そういう個別の情報でなくても、モンセラさんが日本で講演したときの資料をよく読めばわかることです。その講演の情報も、このブログでアドレスを前に紹介しています。


 しかし、だからといってモンセラさんは「社会文化アニマシオン」を否定しているわけでもなく、その社会文化アニマシオンをされるアニマドールのかたにも、モンセラさんたちの「読書へのアニマシオン」をしていただきたいと書いてある。


 私も、違いは違いとして認める。それだけです。


 「フランスにアニマシオンをたずねて」は「フランスのアニマシオンをたずねて」というべきでしょう。スペインのアニマシオンはスペインにたずねるべきだし、「フランスにアニマシオンをたずねて」も、それはフランスの「アニマシオン」でしょう。「アメリカにスシをたずねて」みたいなもんじゃないか。ま、そこはそこ、たずねた意義はそれなりにあるのでしょう(^_^)


 ただ、以下の黒木さんのことばをモンセラさんはどういうでしょうか。


「社会教育上の特徴ある考え方としてのアニマシオン。フランスではそれは青少年を文化へ接近させるものとして発展し、今、共生の時代を迎えて、青少年の異文化関係性を育てる鍵概念としての役割を果たそうとしている。スペインでは、サルト氏はこの概念の中に読書教育を特化して位置付けた」。

 「特化」ねえ、違うと私は思います。私も、もう一度、モンセラさん自身のことば(本やテープ)を勉強しなおしてみたいと思います。


 アニマシオンを語る人がたくさんいるので、私などはいる余地はなく、私も、「日本の文化状況・教育状況の中で<読書へのアニマシオン>はどうあるべきか」がテーマなので、そのステップで進めていきたいと思うものの、まだ、こういう広がり方をするのなら、いうべきことはいわねばならない。


 私が「読書へのアニマシオン」と「読書レクリエーション」とわけているのは、そういうところからです。だから、どっちが低い、どっちがいいともいっていない。両方いいと思っています。しかし、違うものは違う。それだけ(^_^)/


(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授  a73@nifty.com )