必要があって、ミクシイでの過去の日記をみなおしていました。過去の日記記事のなかで、こっちで残してもいい内容がありましたので、以下、編集して再掲載します。
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初出:ミクシイ 006年05月31日07:26の日記。
タイトル: 「木下順二さんの朗読論」
福岡市の自宅にもどって、宇野重吉の朗読レコードをとってくる予定でした。 が、ちょっと荷物になるので、『山本安英が読む日本の民話 山のせいくらべ』(木下順二作 滝平二郎画・風涛社)をもってきました。 こんな本をなぜ買ったのかというと、
「あとかくしの雪」
を、山本安英さんはどう朗読されるのか聞きたかったからでしょう。 「あとかくしの雪」は、斉藤喜博さんがよく授業されています。
この本の「はじめに」で、木下順二さんが朗読のことを語っています。
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朗読の基本は、まず正確に読むということだろう。正確に、というのは、解釈を正確に、それから発音を正確に、ということである。発音を正確に、というのは、単語としての一語一語を正確に、というだけではなくて、一つの文章の中に置かれている一語一語の発音を、全体の脈絡の中で正確に、ということでもある。そして、そういうことの上に立って、朗読者に特有な持ち味なり情感なりが十分に表現されたとき、朗読は朗読として成立する。
日本では、今いったことの前半が――”正確に”を抜かしておいて、あるいは軽視しておいて、ただその人らしく巧みに読みこなすということを、ほかのどんな呼び名で呼ぼうと勝手だが、朗読とだけは呼べないはずである。・・・
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そうなんです。私がNHK放送研修センター日本語センターの「朗読理論」が腑に落ちるし、いいなと思うのは、この「正確に」ということからスタートしていることです。
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「逆撫で法」を書いたのは、この<解釈を正確に>するための一方法、ということです。
木下さんのデクライシォオション考えの一端でしょうね。
(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授 a73@nifty.com )