このブログの目的を、以下のように書きました。


 <21世紀のレクリエーションは、「人びとの生きる喜びを表現する芸術や、終わりのない知的探究を求める学問の世界もレクリエーションの範疇に入ってくることになろう。こうしてレクリエーションは人びとの個性を表現する舞台として、個人にとっても社会にとっても大切な位置づけが与えられよう」(『楽しいをつくる やさしいレクリエーション実践』日本レクリエーション協会)>


 「学問の世界もレクリエーションの範疇に入ってくることに」というのをどういうふうに説明しようかと考えています。レクリエーション・インストラクター養成講座のテキストには、上記に書いていることだけなんです。「アカデミックレクリエーション」。「アカデミック」なこと自体がレクリエーションである、ということ。あそび、活動、プレイという一般的に言われているレクリエーション活動と学ぶことをむすびつけること。このふたつの面があると私は思っています。


 それは、「読書レクリエーション」というとき、「読書」そのもののが本来はレクリエーションであるということ、あそび、活動、プレイという一般的に言われているレクリエーション活動と読書をむすびつけることのふたつの面があるのと同じです。


 ちかごろ、私の考えを援用する文章をひとつみつけました(^_^)/ 『大人のスピード勉強法』(中谷彰宏著・ダイヤモンド社)です。以下の文章なのですが、「レジャー」を「レクリエーション」におきかえていただければ、ばっちり!(^^)!


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 学ぶことは、最もぜいたくなレジャーになる。


 学校の勉強は、「強いて勉める」と書くように、つらいもののように思われていました。
 これからの時代、勉強は最大のレジャーになります。「習いごと」や「学ぶこと」は、子供は強制されても、大人にとっては強制されるものではなくなります。
 勉強したくなったら、すればいいのです。
 「勉強しなくていいよ」と言われると、人間は勉強したくなります。
 誰かが勉強していると、自分も負けずにやらなくちゃいけないと思います。
 「好きな勉強をしていいよ」と言われると、「勉強」とは感じないで、いくらでも勉強したくなるのです。客観的に見たら、それは勉強、学ぶことなのですが、これからはこうした学ぶことが、最もぜいたくなレジャーになります。
 ただリラックスするだけのレジャーは、私も含めて日本人にはなかなか向いていません。南の島に行って「ただぼんやりして下さい」と言われると、日本人はそれをリラックスとは考えず、苦痛に感じます。
 ところが、日本人の勤勉な国民性から「南の島へ行って英語の勉強をしませんか」と言われると、「それはやってみよう」という気持ちになるのです。
 私は、それをあながち否定しません。
 日本人はそもそも学ぶことが大好きだから、これだけの経済大国になったのです。
 ただし、今までは画一的なものを学ぶのが得意でした。
 これからは、いろんなものを学ぶ、自分の価値観にあったものを自由に選んで学ぶようになります。
 それが、これからのレジャーの根本になっていくのです。


 勉強をレジャーとして楽しもう。(前掲書 200p)


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 もともと研究とか勉強とか好きな人は、それを苦痛とは思わず、楽しんで、まるで遊びのようにやっていますよね。まず、これが基本です。


 学ぶことは、もっともぜいたくなレクリエーション

 勉強をレクリエーションとして楽しもう。


(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授  a73@nifty.com