昨日に続いて、すこし朗読にかかわる自分の考えを書いてみます。いずれも、未整理の雑感です。 mixiで書いたものを一部手直ししています。


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・『日本人の耳』という本にかいてあったか記憶があやういのですが、こんなことが書いたあったような・・・。

 日本人は虫の声を聞き分け、風情を感じたりするのに対し、西欧人にとって虫の声って雑音にすぎない、とか。

 朗読においては、この聞き分ける耳というのが大切ではないかと思います。NHKアナウンサーのアナウンスや朗読は、この聞き分ける耳をつくるのに有効な表現技術があります。


・日本人はいろいろな味を感じる力がある。しかし、レトルト食品とか濃い味の料理ばっかり食べているとわからなくなる。子どもに対しての食事もそういうところで気をつけたいところである、って話を昔聞いたことがあります。朗読も同じ。民放のアナウンスや番組づくりも、どちらかというと濃い味が多いような気がします。NHKアナウンサーのアナウンス、ニュースなどをすすめるゆえんです。


・NHKアナウンサーのアナウンス・朗読だけが朗読の参考になるのではありません。

 今、大相撲をやっていますね。NHKラジオの実況中継、おすすめです。あれこそ、実況中継ですから、動きのある描写表現の参考になります。描写の表現内容ではなく、間(ポーズ)や息づかいなどを聞くべき価値があります。その他、ニュースも説明も、いろいろ、声をだしている組み立てを学ぶことができます。すこし動きのはげしい場面の朗読の参考になります。


・「自分の解釈」。最終的には「自分の解釈」なんですが、最初から「自分勝手な解釈」だと、完全なひとりよがりになってしまいます。たとえば、文学作品の研究も同じじゃないでしょうか。客観的な資料をあげ、組み立てます。独りよがりの評論、まあ、そういうものもあって、なるほどそういう視点もあるのかとは思いますが、私がめざしたいのはそういうものではない。


・たとえば、NHK日本語センターの朗読理論で次の文章を朗読するとしたら、どういう作業があるのか。


<日本人はいろいろな味を感じる力がある。しかし、レトルト食品とか濃い味の料理ばっかり食べているとわからなくなる。子どもに対しての食事もそういうところで気をつけたいところである、って話を昔聞いたことがあります。朗読も同じ。民放のアナウンスや番組づくりも、どちらかというと濃い味が多いような気がします。NHKアナウンサーのアナウンス、ニュースなどをすすめるゆえんです。>(上に書いた文章です(^_^;))


 文章論的に、このパラグラフ(段落)を単位に考えます。それぞれの文と文のつながりを把握する。それが、文と文の間(ポーズ)のとりかたに反映されます。文と文の間は、一定ではありません。<「、(読点)」で1呼吸、「。(句点)」で2呼吸休みましょう>なんていう学校朗読のおかしさに気づいて欲しい。

 次に、一文一文では、その文のキーワードってなんだろうと考えます。そのキーワードをしっかし聞き手につたえるためです。NHK日本語センターの朗読理論では「キーワードをたてる」といういいかたをしていました。何度も声をだしたらわかると思います。文法用語でいえば「自立語」にあたることばですよね。、<日本人はいろいろな味を感じる力がある>では、「は」「を」「が」は、大きな声ではっきりいう必要はないのです。つたえなきゃいけないことばはなにか考えます。

 そして、一文一文、語句(連文節)について、どのことばがどのことばにつながるか、意味のかたまりはどこまでか、文法的にみます。意味内容がわかるイントネーションをつけるためです。

 日本語は、ことばを発するとき、高い低いで意味を伝えます。それは、単語レベルだけではなく、文のレベルでもいえます。だいたい高いから低いというイントネーションがあります。高いから低く、意味のまとまりがある語句はそう発声するといい。途中で意味味の切れ目があるときは、そこで音をたてなおし、そこでまた高いイントネーションにします。


 たとえば、<日本人はいろいろな味を感じる力がある>を例にするなら――。

「日本人は」ということばは「いろいろな」につながるのではありません。「ある」につながっています。「日本人はある」。これが基本。「日本人は」と「ある」―どっちが高い音でしょうか。「日本人は」ですよね。まず、それを意識して音読する。

「いろいろな」、これは「味」につながります。「いろいろな味」。これをよむとき「いろいろな」と「味」どちらを高く読むか。一般的には「いろいろな」のほうが高いはず。ためしに「味」のほう高くいってみてください。不自然でしょ? 

「いろいろな味を」、これはどこにつながるか。次の「感じる」につながります。

「いろいろな味を感じる」。このまとまりで、「い」から「じる」と高から低で声をだしますよね。「感じる」と高く言ったら、「感じる」を強調して読むことになります。

つぎのまとまりは「いろいろな味を感じる力」で、ここも「力」を高くいったらおかしい。「い」から「力」と高から低に読む。

つぎのまとまりは「いろいろな味を感じる力がある」で、高から低に読む。

 ということで、

 この「日本人はいろいろな味を感じる力がある。」は、「日本人はある。」と「いろいろな味を感じる力がある。」というふたつの高低を意識して読む必要があるわけです。
「日本人は」は「ある。」につながることを意識しながら声を出し、「いろ」で音をたてなおし、「いろいろな~ある」とつながるように読んでいくわけです。

 これが、意味通りに読むことです。文法的な意味通り、日本語の音の特徴をふまえた読みの基本ということです。

(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授  a73@nifty.com )