「読書へのアニマシオン」「読書のアニマシオン」ということで、ごちゃごちゃしたまま広がっていることは、混乱をまねくのではないかというのが私の考えです。


 ちかごろ、この状況を、ミクシイでは、本物の「カニ」と「カニかま」にたとえたのですが、なーーーんと、2000年9月6日、私の主宰していたアニマシオンメーリングリストで、そのことを書いていました。これも、私の中ではかわらない持論ということです。(一部、固有名詞は伏せ字にし、すこし再構成します)


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Subject: [anima:00108] 広義のアニマシオン・狭義のアニマシオン


 ++さん、みなさん、こんにちは。穴見嘉秀(あなみ よしひで)です。

At 01:37 00/09/05 +0900, you wrote:
>  私がそれぞれの場所で言っていることは、ともかく実践あるのみだ、というこ
>  とです。小手先の技術としてアニマシオンがあるのでなく、子どもに教え込む
>  これまでの教育形態を変える一つの試みと考えるならば、何もモンセラットさ
>  んのやり方をそっくりまねしなくてもいいはずです。こうすると子どもたちが
>  のってきて楽しくなるかな、と思うことをどんどん実践して効果のあった方法
>  を紹介しあって、交流を深めることが今、必要だと思います。

 広義のアニマシオン、

「アニマシオン」=「活性化」、

読書のアニマシオン=読書指導の活性化

 というとらえかたなら、それはいいかもしれません。そうした場合、「紙芝居、ペープサート、人形劇、わらべうた、劇遊び読書会、ブックトーク、口演童話、」などみんなはいるでしょうね。××さんも、そういう感じでアニマシオンをとらえている節がありますね。


 それはそれとして、私は「狭義のアニマシオン」――といったらモンセラットさんに失礼かも知れませんが、モンセラット・サルトさんがまとめられた作戦を、私は「狭義のアニマシオン」ととらえています。


 このモンセラット・メソッドのアニマシオンをまずは日本という土壌で通用するのか、モンセさんのアニマシオンへの思いをふまえ、検証していくことが必要ではないか、と思っています。

 この「75」の作戦、まずは、日本で出版されている本を使ってやれるか、やれないのか、そこも日本でのアニマシオン研究では必要になってくるのでは、と思っています。

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(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授  a73@nifty.com )