「読書へのアニマシオン」は、スペインで生まれたものです。これは基本です。スペインは<ラテン・アメリカ系>ですね。


 今日、ある学生さんと「ラテン系とゲルマン系って違うよねえ」ということを話していました。
その学生さんは、両親スペイン人で、3才のときに日本にきた学生さんなのです。


 <ゲルマン系>というとたとえばドイツが思い浮かぶのですが。「規律」とか「体系」とか、なにかきちんとしたイメージが強いのですが、みなさんはいかがでしょうか。
 そのドイツ的な考えで「読書へのアニマシオン」を理解しようとするのははたしていいのかなあ。


  スペインでアニマシオンのセミナーを受講しました。時間もそんなにきちんとはじまらない。昼休み・昼食もも2時間かけたり、けっこういいかげんですよ。「アバウト」ってやつ(^_^;)。


 日本人は、<モンゴル系>。


 こういう民族性、国民性を鑑みながら、日本人にとって「読書へのアニマシオン」はどうあるべきかを我々は考えるべきだと思っています。
 
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 学生さんがパソコン教室で卒論研究にとりくんでいるので、私も寮にもどらず、研究室で、仕事をしています。読書へのアニマシオン・ワークショップをみているのですが、私が一番伝えたいのは、その手法や手順じゃない、という思いにかられます。
 そのときのムードというか、アニマドールのありかたこそ伝えないといけないのではないか。

 方法などなら、本を読めば、そこそこわかる。体験してもらうと「楽しい」ということがわかるし、では何故楽しいのかというとアニマドールが楽しくなるようにくみたてているかということなのです。

 これは、「レクリエーション」も同じです。レクリエーションの個々のゲームとか遊びは、本が山のようにでている。だからだれでも同じように楽しくできるかというとそうではない。なかには、「よーし、これからレクリエーションやるぞ!」「ちゃんとならべ!」などと叱りつけながらやるようなレクリエーションもあったりして、・・・これはもうレクリエーションでもなんでもないのですけどね。


 読書へのアニマシオンも同じことが言えそうですね。

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2006年06月27日 ミクシイでの日記に手を加えての転載です。
(文責:穴見嘉秀(あなみ よしひで)@九州大谷短期大学表現学科情報司書フィールド助教授  a73@nifty.com