小学校と中学校の間の春休み、筆者は家族に連れられてエジプトに行った。

その道中の飛行機は席ごとに液晶パネルがあって、パネルを操作すると映画や音楽を鑑賞することができた。

まず筆者は映画の欄をタッチし、黒澤明による『羅生門』のサムネイルを見て「黒澤明という人物が『羅生門』を制作し、世界的に評価されたらしい」という話を思いだした。

「有名作品だし、映画に詳しくない自分ですら名前を知っているほどの映画だから、白黒だけど視聴してみよう」と考え、筆者はクリック(もしかしたらクリックではなくタップだったかも)した。

筆者は「主人公の男が老婆と会話し、老婆の言動に影響されて老婆から衣服を剥ぎ取る」といったストーリーの映画なんだろうなと予測していた。

だが、映画を観て何分たっても、そのようなストーリーは出てこない。

早送り機能のような操作をして飛ばし飛ばし視聴しても、主人公の男が老婆と会話したり主人公が老婆から衣服を剥ぎ取るといった展開は現れなかった。

本映画はタイトルや設定こそ『羅生門』に由来するが、ストーリーは主に『藪の中』に由来する。

当時の筆者はそのことを全く知らなかった(そもそも『藪の中』という芥川龍之介作品すら知らなかった)ため「よく分かんない映画だな」と困惑した記憶がある。

 

その後、筆者は映画の欄から音楽の欄へ移り、音楽を聴くことにした。

筆者は「外国の曲なんて分からないから日本の項目をクリックしよう」と思い、日本の項目を見た。

その項目を見ても自分が知っているアーティストは殆どなかった。

ただ「福山雅治」という人名だけは知っていたので、その人名をクリックし、一曲きいてみた。

その曲は確かサビあたりに「らららー、ららら、らっらっらー」というメロディがある歌で「ふーん」と感じた。

メロディはサビあたりの箇所しか記憶に残っておらず、歌詞に至っては全く覚えていないほど自分の耳には響かない歌だった。

その曲を聴いたあと、筆者は「到着まで時間がまだあるし、別の曲も聴こう」と感じ、音楽の欄にあった他の曲を聴いていった。

そして一つの衝撃的な曲に辿り着いた。

男性ボーカルの曲で、歌詞は外国語だった。

だから何を歌っている曲なのかは分からなかった。

心に響いたのはメロディだった。

当時の筆者は音楽の知識が非常に乏しくAメロやサビ(英語圏でいうchorus)などといった語彙を知らなかったが、いわゆるAメロの部分があっという間に通り過ぎていく曲だと当時の筆者は感じた。

その部分のメロディが通りすぎると、今後は「はろーはろーはろーはろーはうろお」という呪文みたいなメロディが流れてきた。

それが終わると、叫びのようなメロディが筆者の鼓膜を襲ってきた。

なんて曲なんだと思った。

気づくと、筆者は何度も何度も、その曲をリピートしていた。

飛行機を降りた後も、ときたま頭の中で、その曲のメロディが流れてくるぐらいには筆者の印象に強く残っていった。

 

中学校に入ると、週一で美術の授業があった。

授業中、筆者は先生の話を聴きつつ美術の教科書を流し読みしていた。

或るページを開いていたとき、一つの絵が筆者の興味を惹いた。

段ボールの切り抜きでヘルメットなどが表現されている絵で、学習漫画や『はだしのゲン』やセル画や「青い鳥文庫」の挿絵などといったイラストの絵柄からはかけ離れている画風の絵だった。

底抜けに明るい絵ではないが、露骨に暗い絵でもなく、非常に興味深く感じられた。

筆者は美術の授業のたびに、この絵を凝視していたが、凝視しているとき何故か飛行機で知ったあの曲のメロディが頭の中で流れてきたものだった。

曲名も分からないのにメロディが頭から離れない外国の曲と、見慣れぬタッチで描かれた外国のイラストは、本来は無関係なはずなのに筆者にとってはセットのようなものとなっていた。

絵の制作者と絵のタイトルを見ると「ジャン・ミシェル・フォロン 世界人権宣言」とあり、筆者は「正直、覚えにくい人名だな」と感じた。

筆者は家に帰って、その人名を検索したが、Wikipedia日本語版に彼の項目はなく、彼に関する日本語での情報は僅かしか見当たらなかった。

中高のとき「ジャン・ミシェル・フォロン 世界人権宣言」や「ジャン゠ミッシェル・フォロン 世界人権宣言」などの語句をネット検索したことがあったが、美術の教科書に載っていた例の絵は検索結果に現れなかった記憶がある。

そのころヤフーでネット検索すると、かなりの頻度で上位に表示される「まとめサイト」があった。

それは「NAVERまとめ」であり、情報量の乏しさからネット民から嫌われることも少なくなかったサイトだった。

NAVERまとめは何年も前にサイト自体がサービス終了しており、今となっては魚拓サイトに一部の記事の痕跡が残っている程度だが、そのサイトは有名曲のYouTube動画の埋め込みリンクをまとめた記事などもあり、筆者がヴァン・ヘイレンやABBAやAC/DCなどを知るきっかけの一つとなった。

 

中高あたりになると音楽の知識も少し増えていたため、リフという用語も知るようになっていた。

ある時、自宅近くの店で、あの曲のメロディがBGMとして流れていた。

もしスマホを持っていれば、その場で音楽検索アプリを使って曲名を特定することもできただろうが、当時の筆者はスマホを所有していなかった。

帰宅後、あの曲を探そうと「ロックでリフが印象的な曲」などといったタイトルの記事を幾つかNAVERまとめで探していき、埋め込みされたYouTube動画を一つずつ再生していった。

そして、遂にNirvanaの「Smells Like Teen Spirit」という動画に辿りついた。

「まさか曲名を知る日が来るとは……」と感慨深くなったが、12歳の頃と違って筆者は英語の知識が飛躍的に増えていたので、さっそく歌詞を調べることにした。

サビのほうに「えびちゃいなーす」という箇所があると12歳の頃から思っていたのだが、ここの箇所の歌詞はなんと「entertain us」であった。単語や文法が中学英語レベルのフレーズであっても聞き取りが容易であるとは限らないのだなと実感した。

Nirvanaはフォロンと違ってネットにおける日本語での情報が豊富にあり、このバンドに関する知識を増やすことは難しくなかった。

時は流れ、2024年8月、筆者は横浜へ行こうと私鉄に乗った。

列車内に入り、座ったが、列車が動き出す時刻まで数分ほどあった。

ふと、開かれたままの列車のドアから駅のホームのほうを眺めていると、或るギャラリーのポスターが掲示されていた。

そのポスターには「空想旅行案内人 ジャン゠ミッシェル・フォロン」という文字があった。

気づくと筆者は手元にあるスマホでフォロン展のことを調べていた。

数日後、筆者はJRで東京駅へ行き、東京ステーションギャラリーへ入っていった。

フォロン展に足を運び、フォロンは幅広いジャンルの作品を制作していると分かった。

白黒のペン画や、水彩画、そしてコラージュ作品、更にはブロンズ像やアニメ作品までもが展示されていた。

彼が矢印や疑問符を作品のモチーフとして多用していたということはフォロン展に行くまで知らなかったため、彼の人生について学ぶことが出来たうえに彼の作品の大まかな雰囲気を掴むことも出来た。

政治色の強いイラストや、海外の有名雑誌の表紙イラストも展示されており、彼は作品の幅が広い芸術家だったのだなと感じた。

彼がスティーブ・ジョブズ等の大物にも注目されていたクリエーターだったと知ったときは「なんで、こんな偉大な芸術家が日本では余り知られていないのだろう」と言いたくなった。

リトル・ハット・マンなどからは和田誠作品のようなシンプルさも伝わってきた。

なお、フォロン展における作品解説の文章や、「FOLON:AGENCE DE VOYAGE IMAGINAIRE」という本人の名刺を読み、「ジャン・ミシェル・フォロンやジャン゠ミッシェル・フォロンを簡潔に言い表したいときはフォロンと表現すればよいのだな」と気づいた。

 

フォロン展を歩いているうちに、筆者は例の絵が置かれた壁と出会った。

館内は撮影が禁止されていたため、その壁を撮影した写真が載っているサイトを紹介する。

 

【レビュー】空想旅行案内人フォロンと既成概念を吹き飛ばそう! 現代を生きる私たちに響く普遍的なテーマも 東京ステーションギャラリーで9月23日まで – 美術展ナビ (artexhibition.jp)

 

余談だが、このサイトは2024年9月に筆者が「フォロン 世界人権宣言」や「ジャン゠ミッシェル・フォロン 世界人権宣言」とグーグル検索して辿り着いたものである。

例の絵が検索画面の上位に現れるようになったのは、いま開かれているフォロン展の影響であろう。

彼の素晴らしい作品群を瞠目できたことを筆者は嬉しく思っている。