今のネット社会では、カジュアルに何らかのコメントをしただけで膨大な数の人々に影響を及ぼせる者が存在する。
知名度が高くない一般人がリアル空間やネット空間で何か発言をしたとする。
多くの場合、その発言で影響を受けるのは数人や数十人ほどだ。
しかし、それら一般人とは対照的に彼らは動画配信やSNSで気軽に出来る発信(スマホ等を操作するだけで出来る発信)を通して、数十万人・数百万人に影響を及ぼすことが出来る。
ネットが普及する前は、どんなに世間一般での注目度が高い者であっても、多くの人々に影響を及ぼすようなコメントを気軽にすることが難しかった。
何故なら、ネット以前は聴衆がいる場や、メディア関係者がいる場に足を運ぶという手間が必要だったためである。
メディア関係者を呼ぶにしても、側近や執事のような立場の者に伝言をするにしても、それら繋ぎ役をわざわざ用意する手間が必要であった。
しかし、インターネットが普及すると、状況が変化した。
多くの人々に影響を及ぼすような発信をする難易度が下がり、IT企業の経営者や、容姿に優れたインフルエンサーや、アルファブロガーなどと呼ばれる人たちが現れるようになった。
英語圏の社会では、これらの代表的な例として、イーロン・マスク氏などが挙がるかと思われる。
ネットニュースに自称「言論の自由絶対主義者」が買った「おもちゃ」とマスクが取り憑かれる思想という記事があり、その記事で元CIA工作員のグレン・カール氏がマスク氏を評している箇所があった。
マスクは子供っぽいナルシシストで、しばしば幼稚なツイートをする人物。表面的な知識と深い洞察力を混同している可能性がある。数百万人に影響を及ぼす立場の人間は発言を自ら律し、自分が理解しているテーマについてのみ話す(あるいはツイートする)べきだが、マスクにはそれに気付ける成熟度もない。
この箇所から窺えるのは、「カジュアルにコメントをするだけで多くの人々に影響を及ぼせる立場」を得るのに、品格や自制心などは必須ではないという示唆である。
確かに、マスク氏は自分の似顔絵を描いてくれた自身のファンに対して「Delete that shit and never pick up a pencil again」と言い放ったことがある。マストドン(Mastodon)というSNSを卑猥な造語で揶揄したツイートもネット上で波紋を呼んだ。
これは英語圏に限った話ではない。
日本でも(本人らの名誉のことなどを考えて実名を本記事で挙げることは避けるが)似たような人々を列挙するのは容易である。
たとえば或るユーチューバーは自分が詳しくない分野に関する情報をYouTubeやTwitter等で拡散し、数十万人・数百万人もの人々に影響を及ぼしている。
その人物の言動はネットニュースに取り上げられることも多く、日頃からネットニュースを読む習慣のある人だと、「見たい」「見たくない」などといった意志に関係なく、彼を取り上げたニュース記事が視野に映ってしまうことも珍しくない。
彼は不正確な知識をしばしば披露する。理系の知識に関して例を挙げると、位置エネルギーに関して初歩的な誤解(※1)をしていたり、古典力学において広く知られている三体問題を知らなかったり、日本脳炎に関して誤った認識を持っていたりする。
文系の知識に関して例を挙げると、très familierは仏語の語釈・辞書などでは「とてもくだけた(表現)、とても口語的な(表現)、とても平俗な(表現)」という意味なのに「とてもよくある表現」という意味だと主張したり(※2)、核保有五大国の一角である英国が核保有国であることを知らなかったり、ナポレオンのモスクワ遠征に関して誤った知識を持っていたりする。
もちろん人間だれしも軽微な事実誤認を有しているとも言える。
しかし、深刻なことに彼はその不正確な事実認識に基づいた持論を頻繁にYouTubeやTwitter等で拡散している。
SNSには各分野の専門家の方々も一定数いるので、事実誤認との指摘が入ることもある。
そのためか、彼は「おいらの言っていることに流されている人は頭が悪い」などと開き直ることすらある。
このような人間が未成年であるのなら、まだ救いようがあるのかもしれない。
しかし、恐ろしいことに彼は十数年後には還暦を迎える中年男性なのだ。
このユーチューバーやマスク氏に対して感じることが少なくとも一つある。
それは、自身がその立場を目指していたのか否かによらず、自身が「カジュアルにコメントをするだけで、数十万人・数百万人もの人々に影響を及ぼせる立場」にいる以上は、自身のSNSでの言動において一般人よりも相対的に大きい責任を持った方が良いのではないかということである。
いくら彼ら自身が「おいらの話を真に受けるのは愚かだ」などと予防線を張っていたのだとしても、数十万人・数百万人の中には彼らが予防線を張っていることを知らない人も多いはずであり、自身の言動のせいで誤った情報を得てしまう無邪気な人が大量に出現してしまう危険性が存在している。
当然、このような事態は望ましいことではない。
最後になるが、品格や自制心に乏しいことは或る企業の経営に向いていないことを必ずしも意味しない。本記事で例示したマスク氏はテスラ社の経営で手腕を発揮したとされており、マスク氏のTwitter事業に期待を寄せる声も大きい。
因みに、筆者はTwitter事業が吉と出るか凶と出るかを現時点で判断するのは難しいと考えており、それは2023年以降に段々と分かってくることだと考えている。(※3)
※1 彼の発言を引用する。
エネルギーっていうものは必ず質量に変換されるっていうのがあって、エネルギーって突然0になることはないんですよ。ところがどっこい、位置エネルギーって今この高さの問題で言いましたけど、 それがどんどん上がっていったらそのうち宇宙まで行っちゃうじゃないですか。 で、宇宙に行った瞬間にそれはもう落ちてこないんですよ。 要は、宇宙ギリギリまで成層圏とか上がると、落ちていったときはめちゃめちゃエネルギーでかいんですよ。ただ、めちゃくちゃエネルギーでかいんですけど、成層圏こえて宇宙まで行っちゃうと突然落ちてこなくなるからエネルギー0になるんですよ。「エネルギー0になっとるやん!」っていうのは、 今までの質量保存の法則と合わなくなるんすよ。 物理学上、質量保存の法則は矛盾するから、「位置エネルギーって本当は存在しないんじゃないの?」って話なんですけど、位置エネルギーが存在するという風に計算した方が計算しやすいものがあるんですよ。宇宙は無重力なので高さって概念が突然なくなって0になるんです。重力も0になるんでね。
※2 彼がtrès familierを「非常に俗っぽい」というニュアンスではなく「とても高い頻度で用いられる」というニュアンスで訳してしまった理由としては、機械翻訳の影響などが考えられる。たとえばbingという検索サイトで「très familier」と調べると「おなじみ」という訳例が登場するのが分かる。彼は「とてもおなじみの表現」というフレーズから「とてもよくある表現」というフレーズを考案してしまったのではないだろうか。
※3 Twitter社内での大規模な社員解雇を以てマスク氏を「有能」と称する声は多いが、優れたコストカッターであることは事業を長期的に成功させるのが得意であることを必ずしも意味しないため、その点を考慮する必要がある。