凄く凡庸な意見を述べるが、世の中には実体験を通して漸く(ようやく)納得できることがある。

私は中学の時に辞書でビール腹という単語を見聞きした。

この「見聞きした」というのは「意味を知った」という意味に過ぎず、要するに語感と意味を繋げられるほどの認識には至っていなかったということだ。

「砂糖水のような炭酸飲料をがぶ飲みして腹が出た体型になるのは分かるが、よりによってビールで腹が出るようなことはあるのか?」などと感じていたのを覚えている。

ビール好きな人に、そういう体型の人が多く、そういった事情により「ビール腹」という単語が成立したのかなと当時、考えていた。

ビールは中年が飲むアルコール飲料というイメージは既にあり、苦くて泡立ちが重視されるアルコール飲料という程度の知識はあったが、アルコール飲料全体で比較的アルコール度数が低いとされていることなどといった基礎的な知識すら当時はなかった。

自分の飲酒デビューは20歳の誕生日に祖母から氷で薄められた日本酒を出されたときだが、ビールの魅力に気づいたのは21歳頃になってからである。

それまでは、チューハイや日本酒をメインで呑んでおり、ビールは苦味になじめず余り飲んでいなかった。

しかし、度数が低く加糖されていないなどといった理由のため、最近ではビールを呑むことが増えた

ビールは一気に呑むのが爽快で、350ミリリットルほどのビールを一気飲みすると腹部が膨れる感覚となる。

そういった感覚を何度か経験するうちに、ビール腹という名詞の語感がしっくりくるようになった。

 

もう一つ例を挙げよう。私は小学生の時にクールビズという単語を知った。

その際「クールビズでは薄着やネクタイ外しが行われます」という説明を聞き、当時の私は疑問に思った。

「暑さ対策で薄着ってのは分かるけどネクタイ外しって余り意味なくない?」などと。

私はネクタイを着用したことがなく、ネクタイを「首からぶら下げる布切れ」としか思っていなかったのだ。

しかし、18歳ころに初めてネクタイを締めたときにクールビズでネクタイ外しを行う理由を察することが出来た。

 

人生には実体験を通して漸く納得できることが数多く存在するし、それによる気づきは貴重だと感じる。