〇初めに
2021年7月、西村博之(ひろゆき)氏は小島剛一(F爺)氏に対してレスバトルを仕掛けた。本記事では、それに伴う騒動をputain騒動と呼ぶことにする。
〇putain騒動に関する詳しい時系列
時系列が載っている記事があったので、紹介します。
論理破綻王ひろゆきと小島剛一氏(F爺氏)の騒動に関するまとめと各種所感|wing-x|note (魚拓)
〇考察
西村氏は日本人なので差別を受けている側の人間なのに何故か差別発言をしたサッカー選手を擁護していた。このように、西村氏はputain騒動で複数回、常軌を逸した言動に及んでいる。
挙句の果てに、西村氏は「(自分の主張に賛同しない人は)みんな間違っている」とまで言い放った。
筆者は「なぜ西村氏は自分の主張の苦しさをこんなにも認めようとしないのだろう」と感じ、彼のポリシーや価値観を探るべく「ひろゆき切り抜き動画」をわざわざ検索して何本か視聴した。
そのときに初めて見た動画と既に見ていた動画の両方から分かったのは、西村氏は「世の中には正面から向き合うに値する人間と値しない人間がいて、値しない人間は蠅のように軽くいなせばいい」と考えていることである。また、西村氏は「頭がいい」「頭が悪い」が口癖であることも分かった。
西村氏が自分の主張の苦しさを認めようしない最大の理由は、西村氏は持説を確信しているとき、持説と異なる見解の人を「頭が悪い」とみなし、内心では蠅のように扱っているからではないだろうか。
西村氏とラテン語さんの論争(魚拓)でも、西村氏はラテン語さんの指摘を正面から受け止めようとしていない。
実は西村氏は以前から「英語は簡単な言語である。だから、世界共通語になった」という持論を書籍・テレビ・ネットなどで述べていた。
そのゆえに、西村氏はラテン語に詳しいラテン語さんに無謀ともいえるレスバトルを仕掛けてしまったのだろう。
「頭がいい」「頭が悪い」を口癖にしている中年男性に対して筆者が言いたいのは「大した根拠もなく或る分野のエキスパートの方に論戦を仕掛けるのは狂っているのではないか」ということだ。
「エキスパートだって間違えることがある」と言う人もいるかもしれないが、エキスパートが自分の専門分野について述べるのと、素人が述べるのとだったら、どう考えても前者の方が後者よりも間違える可能性が低い。
もちろん(特にフェミニズム界隈で多いのだが)或るジャンルの専門家であっても明らかに不適切なことを述べていると分かるケースもある。その場合は「専門家だから正しいのだろう・・・」などと鵜呑みにするのではなく、確かな情報源に基づいて批判なり反論なりを行うべきである。
〇補足
「或るジャンルの専門家であっても明らかに不適切なことを述べている状況」の具体例として、「スポーツ・ルールにおける平等と公正」という論文を挙げる。
私はこれを読み、「これ書いた人って正気なの?」と即座に感じた。この文章には<クラウディオ・タンブリーニという研究者は、子どもの頃から男女混合方式で競技が行われれば、スポーツ選手は性別に関係なくほぼ同じ競技レベルに到達するだろうと主張する>という内容が書かれているが、身体的な性差がスポーツの競技レベルに影響しないはずがない。