何が残るか 其の2 | 人は叶う夢を見る

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発達障碍な私と息子の日常

この話題はネガティブなので体調の悪い方 今現在同じ様な事で悩み中の方は一気読みはしない方がベター

  と思われます。何時もの調子で書いてると記事が冗漫になるので文体もチョイ変えます




遂に運動会の1週間前 お腹が痛くなり 布団から出られなくなった


体操服とプログラムは目に付かない天袋にしまった


学校には「運動会に出られる状況ではありません、1週間+当日までは欠席します」と伝えた


教頭は「そうですか」とだけ答え担任の先生から連絡は無かった


加配の先生だけが心配してメールをくれたが息子君は発熱嘔吐までしてしまい詳しい事が聞けず看病に追われた。とにかく嫌な事だけは判った。


療育機関に電話相談して対応(好きな事をさせる、外出の企画を立てる、学校の事は忘れさせる)を聞いた。


療育センターに電話したので息子君は安心したのか、原因と思われる事を言った


「僕は体が不自由だからがんばって速く走らなくても善いって先生が言った、僕は体が不自由だから速く走れないから皆と一緒に練習するのも無理」と


熱のある顔で大粒の涙を流していった



すぐさま加配の先生(この先生とは関係は良かった)と療育機関と管轄養護学校の相談窓口に電話をし事情を話し、情報の共有を計り、更に県教育事務所の特別支援教育課にも連絡をし助けを求めた


もちろん学校には電話でどやしこんだ


頭には血が上っていた


「そんな事誰も言っては居ないとの事ですが、事実確認をさせてください」


と言われたが運動会に出たくないが故嘘をつくには体の変化が大きすぎる、息子君は心に相当の傷を負った事だけは判った、それで充分だった


多分子供が熱を出していなかったら、何をしていたか判らない。あの時は殺意があった。


この状況を打開する方法が見つからなかった、ただ運動会が終わるまで休もう、それだけ考えていた


がしかし後でわかったのだが私はすんごい人に連絡を入れていたことが判ったのだ


でそのすんごい人のお陰であの後不登校にならずに済んだと思っている


守護神はいたのである