今日は強い風が吹いて、寒い朝でした。
風の音を聞くだけで、実際の温度よりも一度は下がる気がしております。
そんな中、母がポツリと「いつも写真で見ているナナカマドはどうなっているかしらね」
心の中で私は"葉っぱもこの風で飛ばされて無くなってるよ、でも、実も飛ばされて…なんて事になってるかも"
ご近所さんのナナカマドは冬になる時、葉っぱは全部落ちてしまって、赤い実は雪が降り積もっても、しっかりと枝にくっついているイメージがあります。
風の強い中、外出のついでに"ナナカマドの木"を写真に撮ってきました
赤い実はしっかりと残っています。
母に写真を見せて「こんな風になってた」と声をかけますと…
「ミトウシガヨクテ、サミシイネ、どこの写真?」
あら、ナナカマドが気になってたのでは…
いつものナナカマドですが…写真の…
「あらまあ〜、こんなになったの?寒いはずよね〜、写真をよく撮る気になったわね」と母…
まっ、91歳ですものね。
私もいずれは同じようなことになっていくかもしれない。
ポッと頭に思い浮かべてパッと口から出る。
喋ってしまうと気がすむのか、後は野となれ山となれ…忘れてしまう事もあり
対処方法は私が母にしてあげたいからするだけ、その事に"なにかを期待"しない。
いろいろな場面で毎回そう思うのですが、まだ未熟な者で…"期待"をするのです。
親子(血の繋がり?)のなせる業(わざ)期待をしたのは"写真を撮ってきてくれたの。有難う。"…
感謝の言葉だったようです
私が母に"今のナナカマド"を見せてあげたかった。
写真を見せてあげれてよかったです
私、上出来です