もう60年近くも前の、私が中学生の時の話であるが、夏休みに入るか入らないかのちょうど今頃の時分、母親から、ちょっと不思議な(ぞっとする)話を聞かされたことがある。
(高校に入学したころの我が家。兄(左)私(下)、1970年)
〈白いシャツ姿の男が立っていた〉
その日の朝早く、起きて来た私に向かって母親が少し青い顔をして言って来た。
「俊身(私)、さっき変なことがあったんだよ」
「裏のところで男の人が立っていたんだよ。白いシャツ着て」
と言う。
母親は朝の支度をしようとして、5時ごろには起きていた。田舎の嫁はまず一番先に起きる。朝はすっかり明けており、蒸し暑くなる前のまだ涼しさの残る時間帯であったが、食事の支度に入る前、ごみ出しか何かをしようとして家の裏に廻った時、目の前に男の人が立っていたというのである。
その男の人は白いシャツ姿の中年の男で、後ろ姿で立っていたと言う。家の裏は隣の家との境になって居り、道などはなく隣家の家庭菜園があるだけであったが、その境に立っていたと言うのである。
母は驚く暇もなく、「あれっ」と思ったが、次の瞬間、目を凝らしてみるともう誰もいなかったという。「あれっ、あれっ」とまた思い、しばらく立ち尽くしてしまったという。じりじりと夏の日差しが照り始める前の、人っ子一人いない、しんと静まり返った家の裏側の出来事であった。
起き出してきた夫(父)にそのことを言い、「寝ぼけていたんだろう」いうことになったが、あまりに気味悪く不思議に思ったのだろう、次に起きて来た私や兄にも同じことを言った。
私がその時のことで憶えているのは、その後ろ姿の男の人を、母は「浪江のおじさん」じゃないかと言っていたことである。「浪江のおじさん」とは、義父(祖父)の弟のことで、昔、女を作って浪江(福島県)に逃げ、付き合いの無くなった人である。
兄には別の人のようにも言ったようである。
今年の1月、58年ぶりに兄と母方の祖母の生まれ故郷の神奈川県山北町を訪れた時、子供時代の思い出話になり、その際兄もこの話をしっかり覚えていて、母はその男の人を「戦死した伯父」ではないか、と言っていたというのである。
私に「浪江のおじさん」と言ったのは間違いないことなのだが、兄に「戦死した伯父」と言ったのは本当にそう言ったのか、兄の思い違いであるのか、その辺は曖昧である。
〈私が見た、深夜の玄関に光るもの〉
私の経験した子供時代の家の「不思議な話」はもう一つある。
やはり私が中学生の時の話であるが、兄とは別の勉強部屋を与えられた玄関前の部屋で翌日の定期試験のため深夜まで勉強していた時のことで、深々と冷える真冬の1月のことである。時間は11時を過ぎていた。

(中学3年生頃の私、夏のサマーキャンプで、1969年)
玄関の曇りガラスの向こう側で「ジリジリ、ジリジリ」と変な音がするので、ふっと顔を向けて見ると、暗い玄関の向こう側に何やら光るものがあるのである。音は続き金属音のような「バリバリ」というようにも聞こえて来た。大きさは2・30センチほどに見えた。私は一体何なのだ、という呆然としてそのまま見ていたのだが、その曇りガラスの向こうにある光るものは左右上下に動き、そのような状態を、記憶では1,2分繰り返し、そのまま消えて行った。
私は恐怖と言うよりも、あっけにとられたという状態だった。「あれっ、何なんだ、あれっ、あれっ」という呆然とした心持であった。その後「何か光る虫でも来ていたんだろう」と心を落ち着かせ、親を起こすことのなく、そのまま寝てしまったが、翌朝、その出来事は、誰にも話してはならないと言う気持ちが起こって、家族には話さないで終わってしまった。今年の1月に兄に話したのが最初である。
〈あれは何だったのだろう〉
怪異譚(怪談)は、平安時代の『今昔物語』以降、近代のラフカディオ・ハーンの『怪談』、柳田国男の『遠野物語』まで山ほど記されているが、面白いと思って読むことはあれ、「事実」とするかはまた別の話である。多くの人は、何か自然現象の誤解や、脳が生んだ幻覚であり、自分の経験したものでなければ本当には信じないというところではあるまいか。母の見たものも、父が言うように「寝ぼけ」=幻覚と言えば幻覚であり、私の見たものも、玄関を仮に開けていれば何らかの自然現象であったのかもしれない。
でも母の見たものと私の見たものには、不思議な共通点がある。それは「境界」の場であったということである。
母の見たその白シャツの男の人が立っていた場所は我が家の裏で、隣の家との「境界」の場であったし、私が怪しい光を見たのは家の「玄関」であり、家屋の入り口=「境界」の場であった。母が見た時間は明け方間もない夜と昼の境界の時間であり、私の見た深夜という時間は「人間の活動する夜」から丑三つ時の「化け物の活動する夜」に移り変わる境界の時間であった。母が思った「浪江のおじさん」は、親族から放擲された「境界」外の人であるし、兄が聞いたと言う戦死した伯父は悲運の死を遂げたあの世の人である。
「境界」の場や時間は民俗学ではあの世とこの世の境目であり、先祖の霊や悪鬼などがやってくる場・時間と意識されていた。北関東から東北にかけては祖霊神(屋敷神)の祠が屋敷の北西の隅に祀られ、「戌亥の角」と言われる北西の方角lは祖先の霊の住む方角であった(柳田国男『風位考』)。
祖先の霊が生まれ替わってくると信じられていた古い時代には、赤子に霊が降りて来る出産の場には「産屋」が建てられ、そこは玄関の土間など家の境界や道や川など村の境界であり、海の向こうから異界の神がやってくる海辺の浜であった(谷川健一「産屋考」『産屋の民俗』など)。
長く生きて来ると不思議なことに出くわすものだ、と思う。そういえば、曇りガラスの向こうに不思議な光を見たことがもう一度あった。大学に入ったばかりの1回生の6月、住んでいた京都の町外れのアパートで夜中目が覚めると、やはり「バチバチ」と音がして、20センチほどの光るものがしばらくその前でぐるぐると廻っていた。中学生の時に見たものと同じであった。
猛暑がやって来て、我が家の街の気温は昨日は何と40度近くになった。今日はそれを越えると言う。これほど暑いと先祖の霊も「行くのはヤメた」と思っているのではないか、と思ってしまう。
