インディラガンジー国際空港を夜8時の飛行機で発ち、帰国の途に就きました。もう「30年ぶりのインドひとり旅」も最終回とする時が来たようです。
〈成田への帰国〉
私の乗ったJL472便は、日本時間10月31日(月)朝6時過ぎに、予定通り成田国際空港に到着しました。税関で、麻薬でも持っているのでは、と風体の悪い中年男のインドひとり旅が怪しまれ、一人だけ「ちょっとこちらへ」と荷物検査を受けるはめになりましたが、嫌疑はすぐに晴れて、無事帰国することが出来ました。
8時前には京成線特急に乗り、上野駅に着いたのは10時ごろ、そして宇都宮線に乗り換え、家のある古河駅に着いたのは11時半ごろになっていました。
お腹が空いていて家に着く前に飛び込んだのが駅前の蕎麦屋です。醤油味のさっぱりした蕎麦に、「ああ、この味だ」と体が生き返ったような気がしました。
リックを引きながら、「四季の径(みち)」という散歩道を家の方へ向かって歩いて行きましたが、月曜日の昼下がり、人通りも少ないこの通りでは街路樹の桜並木の葉が落ち始めており、秋も深まりの気配を見せていました。
〈家までの道を歩いて〉
通りを歩いていて、インドと比較して日本はと、いろいろと思います。
真っ先に思ったことは、人間を取り巻く「自然の穏やかさ」です。10月でもひりひりする乾季の暑さのインドとは違って、何よりもしっとりとしていて穏やかです。「包み込むように優しく抱いてくれる」と、肌の感覚で感じます。桜の葉の落ちる様を見て、それを真っ先に感じました。
四季の移ろう美しい日本、繊細な感覚で「もののあわれ」を感ずる日本人。今まで言葉で理解していても、このように外国に行くと、私もその一人なのだと強く実感します。短歌を好むのも自然なことなのです。
(古河市「四季の径」、ネット写真)
また通りを歩きながら、私は日本の道路をインドと比べていました。道はしっかりと舗装され、信号があり、人は横断歩道を渡り、車は車間間隔をとって走っている、すべてが規則に従って秩序よく動いています。インドではすべてが正反対だったなと思いました。死ぬような思いをしたアグラでのサイクリングを思い出していました。
「日本は安全な国だ、本当に住みやすい国だ」。これも偽らざる感想です。インドで感じた「精神的な豊かさ」とは別に、日本社会における近代化の功績、とくに科学技術の発達は正当に評価しなければならない、それが現代の「人間疎外」「環境破壊」と不可分の関係にあるとはいえ、すべてが一方的に否定されてよいものではない、とも感じてしまいます。
得たものと失くしたものとの関係で冷静に見て行かなければならない、それしか私たちには採るべき方法はない、とも感じます。
住宅街の一角にある我が家に着きました。家の前の通りはゴミ回収や清掃が行き届いて清潔です。家も一家六人が暮らすには十分な広さで、エアコンその他快適に暮らす設備も完備しています。環境面ではインドに比べ「豊かで暮らしやすい」としみじみと想います。自分たちの親が、インドのような社会から「豊かになろう」として努力してきた成果としてこの環境もあるのだ、ということも心に刻まなければならないと感じます。
精神的な豊かさと経済的な豊かさを、自然環境も含めてどう調和させ、より高いものにしていくのか、それを一番に想います。
月曜日のため家人はおらず、一人で家に入りましたが、やれやれ帰ってきたという安堵感と、よい旅であったという充足感で、心は満ち足りていました。わずか9日間という短い旅でしたが、リックを下ろし、ここに私の「30年ぶりのインドひとり旅」は終了しました。
〈お礼の言葉〉
駄文「30年ぶりのインドひとり旅」に長いこと付き合っていただきまして、本当にありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。当初10号か20号で終わるだろうと思っていましたが、「あれも書きたい、これも書きたい」と思うようになり、思わぬ号数になってしまいました。
大袈裟な表現ですが、この旅の経験は私にとって「一日が千日に匹敵する」ものでした。インドでの体験のみでなく、30年前(今から50年前)と比較して、インドは、日本は、世界は、そして自分自身は、といろいろと思いをめぐらすことが出来、稔り多いものとなりました。
(30年前。21歳のとき、ベナレスのヒンズー寺院前で)
(30年後。今回、51歳、寝台列車にて)
インドを旅すると何故か旅行記を書きたくなります。30年前も今回と同じように、大学の親しい友人たちに「インドおたおた旅行記」という通信を出しました。また25年前には、当時の勤務校の紀要に「インド・スリランカ紀行」という旅行記を載せてもらいました。旅行記を書かないと旅が終わらない、インドの旅は私にとっていつもそのような旅でした。
「またインドへ行きたいか」と訊かれれば、どう答えるでしょうか。おそらく「すぐには行きたいと思わないが、いつかまた行きたい、いや必ず行くだろう」と答えると思います。
インドはあまりにハードな社会ですので、そこでの旅は正直言って疲れます。でも惹かれます。ものすごく惹かれるのです。それは、喩えれば「悪女に惚れたバカ男」というところだと思います。嫌なところばかり目に付くが、不思議な魅力を持っている女。一方、釣り合わず、相手にされないのは分かっているが、それでも忘れられず惹かれ続けるバカな男。そんなところだと思います。
インドでは、生、死、愛、憎、情、その他「人間そのもの」を剝き出しで体験させられます。そして「人間とは」「神とは」「生きるとは」「死ぬとは」という、人間にとっては本源的な問題を眼前に突き付けられ、考えさせられます。
(ガンジス河での沐浴、祈り)
21歳で行った最初の旅の時は、子供と大人の関係でした。カルチャーショックの連続で、おたおたし続け、跳ね返されたようなものでした。今回はどうだったでしょうか、青年と大人の関係ぐらいにはなったかも知れません。51歳の年齢になれば、人生の意味の少しは分かりかけています。インドは興味尽きない国だと感じた通りです。
これで老年になったらどう見えて来るでしょうか。とくにインドの中で「老い」や「死」の問題はどう見えて来るでしょうか。大人対大人の関係として、何か新しく感ずるものがあるかも知れません。
ヴァラナシのサンジェが、リタイアしたらまた来てください、と言っていました。運よく生き延びることが出来たら、行ってみたい、写真を持って再会してみたいものだと思っています。その時はまた旅行記を書くだろうと思います。ぜひまたお付き合い下さい。ではごきげんよう。
(平成18年2月11日、了)
※今から20年前に書いた旅行記です。そのことをご了解ください。



