今回は今度の旅で一番にお話ししたかったこと、ヴァラナシで出会った若者サンジェのお話し、とくにその出会いについてお話ししたいと思います。
旅ではいろいろな経験をします。名所旧跡を廻り見聞を広めることもそうですが、人との出会い、これもなかなか面白い、いやいつまでも忘れ得ぬ思い出になり、宝物になります。私にとっての旅の醍醐味はいつも人との出会いでした。
〈客引きサンジェと出会う〉
旅の6日目、ヴァラナシ滞在の2日目、セントラルホテルのマネージャーマルキーノとも会えることになり、早朝はガンガ見学、とくにマニカルニカー・ガートを訪れ、ラタンと一緒に焼き場を見たことまでは前回お話ししました。
その後、ホテルに戻り、チェックアウトを済ませ、再びダシャ―ジュワメード・ガートに戻ってきたのは10時ごろのことでした。
(ダシャ―ジュワメード・ガート、ネット写真)
ダシャージュワメード・ガートは川沿いに並ぶ数あるガートの中でほぼ中央に位置しています。ボートに乗って河べりから多くのガートを見学しましたが、それらを歩いて廻ってみたいとも考えていました。沢木耕太郎の『深夜特急』では各ガートは孤立していて横に行くことは出来ない、背後の通りに戻り、迷路のような路地に入って隣のガートに行くしかないと書いてありましたので、手間がかかってもそうしようと思っていました。
(ダシャージュワメードガートの位置)
まずダシャ―ジュワメード・ガートからは上流となる南側(上の地図では下の方)に向かって歩き始めました。その時ついてきたのがサンジェでした。
ヴァラナシでは親切に近寄ってくる者にはとくに注意することと、ガイドブックには書いてあります。とくに日本語で話しかけてくる者には最も注意すること、下心があると見て間違いない、単なる客引きから最悪は詐欺師までいるから、相手にしないのが最善の策であるとあります。
(若者サンジェと私)
私の旅も6日目となり、もうその辺の塩梅は分かって来ていました。
「どこから来た」「日本人か」。彼は流暢な日本語で話しかけてきます。色のやや黒い、中背で細身の若者です。ラフなシャツ姿でその辺のあんちゃん風情です。
「日本語だ、こういう奴が最も注意しなくちゃならない」。客引きに散々声を掛けられ、ちょっとでも返事するとしつこく付き纏われる経験を山ほどしていましたので、無視することにしました。
「ボートには乗ったか、これから乗るのか」。知らんふりをしてダシャージュワメード・ガートの端まで来ました。隣のガートに行けないものと思っていましたが、何のことはない、繋がっています。これならばガート沿いにどんどん行ける。安心して歩いて行くことにしました。ガートに止まらずに先へ進んで行く私に彼も付いて来ます。でも不思議だと思ったでしょう、無言のままガートの横歩きを続けているわけですから。
彼は途中、沐浴の人たちがいるガートでは「沐浴して行かないか」と言い、洗濯屋のドーピーたちが石に汚れ物を叩きつけているガートでは「写真を撮ればいい、金は取らない」などと言ってきます。いつまでも付いて来てあきらめません。私も負けずに、ちょっと意地悪に、ドーピーやボートを修理している船大工に声を掛け会話をしますが、彼の質問には一切押し黙り、無視し続けました。彼は「どうして私とは話さない、どうしてですか」と訊きます。その言葉すら無視し続けました。
(その時に撮った洗濯屋(ドーピー)たちの写真)
〈こいつはいい奴だな。ケーダール・ガートで〉
20分ほど過ぎたでしょうか、そうしてどんどん南側へガートを歩いて行きますと、赤と白のストライプに塗られたヒンズー寺院のあるガートに来ました。ケーダール・ガートと言って、多くの参詣者が出入りしています。ガートの中でも寺院を背後に持つものは少なく、まして人だかりになっているのは珍しいのです。
この寺院はケーダール寺院と言って、南インドとの結びつきが強く、その地からの巡礼者が集まる寺院です。
(ケーダール・ガート)
私はどうしても中に入って見たくなり、ガートの階段を上り、入り口まで行って見ました。そこには老年の男が、礼拝に使用するらしい白い乳液を売っています。皆それを求めており、どうも参拝にはそれが必要の様です。私はどうすればいいか分からなく、躊躇していますと、彼がその買い方、寺院への入り方、参拝の仕方などを教えてくれます。
ここまで親切を受けますと、私も無視し続けることは出来なくなり、彼にお礼を言って初めて言葉を交わすことになりました。
この寺院はシヴァ神を祀りますが、ピンタという山型の石を御神体とする珍しいものです。内部の様子、参拝の様子はそれなりに興味深かったのですが、後でお話しすることもあるかと思います。
彼の礼拝ぶりは丁重そのものでした。御神体の前では深々とひざまずき、独特の作法で祈りをささげています。今までの話しぶりや顔立ちを見ても、すれっからしのそれではないな、そんなに悪そうな奴でもないな、とその時感じ始めていたのです。私も心を開き始めていました。
(ハリッシュチャンドラ・ガート、ネット写真)
彼と本当に会話し始めたのは、前回お話ししたハリシュチャンドラ・ガートで、葬送儀礼を詳細に教えてもらった時です。前回もその一部を紹介しましたが、彼の真面目な話しぶりと、葬送や「死」に対する本心を聞かせてもらって、もう打ち解けた気持ちになっていました。いくら客引きとはいえ、こちらも失礼な対応であったと、ここに至って恥じ入っていました。
〈ガンジス河で沐浴をした!〉
ハリシュチャンドラ・ガートからは、折り返してダシャージュワメード・ガートに戻ることにしました。時間は11時過ぎになっていて、12時にはセントラルホテルのところで、今日ヴァラナシを案内してくれると言うあの年配の男に会う予定だったからです。
帰路、彼の名前を訊きました。何度も書きましたが、サンジェです。彼は自分の名前の意味を言います。正確なところはメモし忘れたのですが、「太陽の子」とか何か、ヒンズー語ではそのような意味であったと思います。
また今日の予定はどうなっているのだ、と訊いてきますので、マルキーノと会う約束に至った昨日の話を少しして、12時には待ち合わせがある、また2時にはそのマルキーノと会うのだと話しました。彼は客引きですから、商売もしなければなりません。その辺のところがあったのでしょう。
帰りのガートでは思わぬものを見たり、経験したりしました。
一つは「生(なま)の死体」を見たことです。火葬できないものはそのまま河に流すことは前にお話ししました(実際には錘を付けて沖に沈めます)。でも普通は白や赤の布に包み流すのですが、それはまっさらの裸体でした。黒水牛がたむろする岸辺でしたが、サンジェがそこを見ろと指差すので、何かと見ると、背中を見せ、パンパンに膨れ上がった男の死体があります。サンジェは写真を撮れと言いますが、悪趣味だし、日本で現像する時に何と言えばいいか、もちろん撮影はしませんでした。
(ハリッシュチャンドラ・ガート近く、水牛がたむろしている。この手前で裸体の死体を見た)
もう一つの経験は、ダシャージュワメード・ガートに戻って来た時のことです。サンジェが沐浴してみないかと、言うのです。ヒンズー教徒でもないのに構わないのか、と言いますと、端のほうなら何の問題もないと言います。そういえばガイドブックに「ここで沐浴しなければ、来た甲斐がないというもの」と大見出しで書いてありました。しかしインターネット情報ではこの一文を批判して、「沐浴して水を飲むとコレラに罹る危険性がある、ガイドブックの情報には騙されるな」ともあり、私は沐浴には躊躇していたのです。
(ダシャジュワメート・ガートの端、沐浴した場所。ネット写真)
それともう一つ躊躇していた理由があります。パスポートや貴重品を預けるところ(また人)がいないのです。一人旅ですから、沐浴する時には見知らぬ人に預けなければなりません。パスポートは命の綱ですから肌身離さず持っていました。見知らぬ人に預けるわけには行きません。
サンジェに預けてみようかな、と思いました。そうしなければ沐浴は出来ません。おそらくガンジス河で沐浴するなどという経験は金輪際ないと思います。コレラに罹っても構いません。ここまで来て沐浴もせずに日本に帰るのは、大金をくれるというのに断るようなものです。
でも知り合ったばかりの素性も知らないサンジェに預けるというのは、やはり賭けです。いかに好感が持てる人物だと言っても、私の年齢になるとそれほど世間知らずではありません。直後に豹変して、パスポート、貴重品を持ち逃げされないとも限らないと当然考えます。
でも、でも、でも、ここで沐浴しなかったら一生の後悔だろう、恋を打ち明けられなかったあの時以上に・・・。でも、でも、でも・・・。ええぃ!ということで、あっという間にクルタピジャマを脱ぎ捨てていました。パスポートも貴重品もあっという間にサンジェに預け、パンツ一つになっていました。これも邪魔だから脱いでしまおうと思ったら、それは脱ぐなとサンジェは言います。そうです、周りで皆が見ているのです。
(沐浴をする。サンジェが撮影)
その場はバラモン僧が座っている日傘の脇でした。サンジェはそのバラモン僧から腰巻であるガムチャを借りてくれます。パンツの上にそれを巻き、サンジェの指示に従ってガートの階段を降り、水辺に足を入れて見ました。サンジェは、ずっと階段になっているから、どんどん降りていけと言います。水はひんやりしています。階段はヌルヌルすることもなく降りて行けます。30度以上の暑さの中、とても気持ちのいいものでした。
ガンガの水は透明ではありませんが、濁ってはおらず、もちろんゴミなどはありません。自然に泳げる状態です。首の深さまで行くと、サンジェは頭も全部水に浸けろと言います。頭まで浸けると、全身がひんやりしてとても爽快です。思い切って潜って少しばかり泳いでみました。また「祈りのポーズ」もしてみました。でもちょっと乗り過ぎかなという気もします。ヒンズー教徒でもない者が・・・。この感情を忘れたら私も軽薄なバックパッカーと同じになってしまう・・・。そんな風にもちょっと思いました。
(このバラモン僧にガムチャ(腰巻)を借り、修法を受ける)
沐浴した時間は、5・6分ほどでした。バラモン僧の日傘の縁台に戻り、体を拭き、そのバラモン僧に修法を受けたことはすでにお話しした通りです((その37)「これは日本中世!異形の集団」)。
サンジェと出会って良かった。彼がいなければこの貴重な体験、ガンジス河での沐浴は出来なかった。日本に戻って自慢できる、そう思いました。でもサンジェに出会って本当に良かったのは、この後でした。セントラルホテルのマネージャーマルキーノとの再会の件です。次回はそのお話しをしたいと思います。
水垢離(ごり)の 鹿嶋の水は 冷たかり ガンガの水
は されど優しく
(続く)









