インドの街の雑踏は混乱の極みであることは何度もお話ししましたが、その一方で何とも懐かしくなる不思議な思いを感ずるところだとも書きました。今度の旅でインドの雑踏を思い浮かべた時、すぐに頭に浮かんで来るのがこのアグラの街です。
(サイクリング姿、アグラ城にて)
〈イティマド・ウッダウラー廟を目指す〉
警察の保養所に紛れ込んでひと時を過ごした後、来た小道を戻り、入り込んだ場所からまたアグラカント駅の方角をめざして走りました。
途中、日本へ出す葉書などを買っているうちに、お腹もすいてきて、アグラカント駅の近くで、ガイドブックに載る外国人向きのレストラン「ソーバザブッダ」に入り、休憩を兼ねてほうれん草カレーを食べました。インド料理についてはまた別にお話ししたいと思います。
(レストラン・ソーバザブッダでの食事)
さてつぎは何処へ行こうか。ここアグラカント駅周辺には見どころはありません。地図を見ると、今居るレストランの前の道をずっと進んで行くと、先ほど行ったアグラ城のもっと先に橋があってヤムナー河を渡ることができるようです。橋の名は書いてないのですが、ヤムナー河を渡れる最も近い橋のようです。対岸へ行ってみようか、橋の上からヤムナー河を眺めるのもいいかもしれない。地図をよく見ると橋を渡ったすぐ傍にはイティマド・ウッダウラー廟というムガール時代の廟もあります。見どころの一つのようで、これを目指して行って見ることにしました。
(アグラ市街図、点線が自転車で走ったルート)
〈アグラフォート駅前の立ち往生〉
道はグワリオラ通りと言う大通りです。3キロほど行くと、アグラ市内のもう一つの駅アグラフォート駅前に出ました。ここは午前中に来たアグラ城の向かい側になるところです。この場所は旧市街地の中心で、イスラムの礼拝所のジャマ―マスジッドも近くにあります。オールドデリーと同じ性格の地域です。
(現在のアグラフォート駅前、この写真ではさほど混雑はしていないが、とんでもないものだった。、ネット写真)
駅前の通りは凄い混み様です。前にもお話ししたように、卒倒するような混雑です。何度も書きますが、ラッシュアワーのような混雑、人・牛・車・リキシャ・荷車、それに駅前ですので多くのバスが停まっています。渋滞で動けません。埃はもうもうと上がり、クラクションは鳴り響き、音の洪水です。信号などはありません。勝手にすべてが動きそして止まっているのです。立っているだけでくらくらします。自由に動くことはできません。もう流れに身を任せるしかありません。もちろん自転車に乗ってなどいられません。押して流れに身を任せます。
この混沌の極みに居てつくづく思います。「なぜ自分はこんなところにいるんだ。なぜこんなことをしているんだ。外国に旅行に来て、まさかこんなことをしているとは誰も思うまい」と。でも、情けない感情の反面、快感にも似た不思議な感覚にも捉われていました。
〈ヤムナーキナーナ通りの混雑〉
この感覚はさらに続きます。駅前からの通りをさらに進みますと、ヤムナー河に沿って走るもっと大きな通りにぶつかります。ヤムナーキナーナ通りと言うようです。この大通りはダンプやトラックの走る輸送幹線道路のようです。交通量の多い日本の国道を思い浮かべてください。この大通りをさらに進んで行かないとヤムナー河対岸への橋には行けません。最初は自転車にまたがって走り始めましたが、路側帯は荷車や大八車が大量の荷物を積んでのろのろと動いています。またとんでもない渋滞です。その脇を大型のトラックがものすごいクラクションを鳴らしてすれすれに走って行きます。そしてトラックの間にも、車・リキシャ・オートバイが髪の毛一本の隙間程度の間隔で詰めて走っています。
(インドの道路の混雑、ネット写真)
「自転車に乗ったままでは死ぬな」と正直思いました。命は失いたくありません。自転車を押して、それも前の荷車に付いてのろのろと進んで行きました。そこをまた人やリキシャや牛などもろもろのものが付いて行きます。これも髪の毛一本の隙間があれば割り込んできます。全く秩序というものがありません。凄まじいクラクションの洪水の中、勝手に自己主張を続けます。おそらく日本の人がこれを見たら、呆然自失となると思います。
道の脇には修理屋とか穀物倉庫とか、普通の商店ではない貧しい店並みが間口を開けています。汚物が散乱した店先にはただ男たちがぼんやりと座っています。私から見ると、何もせず、ただ座っているだけに見えます。店構えは貧弱であり、男たちは本当に貧しいなりをしています。ただ生きてそこに居るだけにしか見えません。スラムではないのですが、とにかく日本の感覚からは想像を絶した光景なのです。
〈ヤムナー河の恐怖の鉄橋渡り〉
1キロほどで対岸へ渡る場所に来ました。立体交差になっており、道の上側には河を渡る鉄橋があります。でも日本のようなジャンクションにはなっておらず、おそらくもう少し先に行って別な鉄橋に入る道があり、一般の車両はそこを通って渡って行くのだろうと思います。
(鉄橋へ上がる階段。壁沿いに細い通路が上がっている。グーグルの「ストリートビュー」より)
鉄橋の真下まで来ると、橋へ上がる高さ10メートルほどの狭い階段があります。狭さから言って人専用のようですが、階段は真ん中のところがくぼんでいてスロープ状になっています。見ていると自転車を抱えて人が下りてきます。「押して上がるんだ」と気づき、私は重い自転車を必死で押して上の橋道まで持ち上げました。やれやれです。
でもまだ驚きは続きます。その渡河鉄橋は車道の幅は5メートルほどの狭いもので、そこをまたトラック・リキシャ・荷車・馬車などもろもろの交通手段が、ひしめき合って通っているのです。狭い車道の対面通行ですから皆すれすれにすれ違います。自転車も端を通っています。「ここを通るんだ。こんなところを自転車で通るんだ」と、また呆然とします。
(ヤムナー河に架かる恐怖の鉄橋、ここを走った)
(脇の人が通る歩道があり、そこを他の自転車は押して通っていた)
先の大通りといい、階段の自転車押上といい、またもや、いったい自分は何をやっているんだ、インドまで来て何をやっているんだ、誰も想像つくまい、と自嘲に似た気持ちになっていました。「でも行かなければ」と気を取り直して、自転車にまたがります。押しては2倍の幅を取りますから危険です。
でも鉄橋の車道はこれがまたデコボコで、その上、道の端っこはいくつもの穴が開いており、そこからはヤムナー河の川面まで見えます。下手をするとその穴に車輪を取られ、行き交う車道の真ん中へ投げ出されてしまうかもしれません。この時は神に祈る気持ちでした。おそらく必死の形相だったろうと思います。河から望む景色など見ている余裕はありません。ただただ前を見つめ、バランスに気を付けながら走りました。
幸い何もなく、どうにか無事走り終えることができました。ほっとして、そこで一休みです。そのとき気付きました。車道の左右に歩道があったのですが、人だけでなく自転車もそこを通っていたのです(人が通るため皆押していましたが)。たまたま私の前に車道を行く自転車があったので、それに引きずられて車道を走ってしまっていたのです。当然です。こんな危険な橋の車道を走るのはよほど慣れている自転車だけです。やれやれです。鉄橋の端に立ち、少し落ち着いてからヤムナー河を眺めました。
(鉄橋からのヤムナー河の眺め、ドーピーが洗濯をしている)
周囲の景色は埃にまみれて薄黒く、川面も黒くよどんでいます。真下の河べりでは洗濯屋のドーピーたちが石に洗濯物を叩きつけて洗濯をやっています。渡って来た対岸には午前中に見たアグラ城の城壁が赤く鮮明に見えます。
「何というサイクリングだ、何という旅だ」
目指すイティマ・ウッダウラー廟の方角を向いて私は大きく深呼吸をしていました。
鉄橋の 真中に立ちて なにゆえに ここに居るやと
ヤムナー河眺む
(続く)








