今回はインドで最初に乗った列車のお話を中心にしたいと思います。
アグラ行き特急列車は定刻通り早朝6時にニューデリー駅を発車しました。隣に座った人は、列車に乗る前のモヒトさんとの記念写真を撮ってくれた人でした。アグラまでの所要時間はほぼ2時間、8時には到着する予定です。
〈インドの列車と30年前の思い出〉
列車の中は日本の新幹線と同じです。通路を挟んで2席と3席に分かれ、すべて前向きの座席です。座席はクッション付き、車内はエアコン付きで快適です。インドでの移動は、飛行機を除けば列車が最適だと言われます。時間は(実際はかなりいい加減なのですが)バスに比べれば正確で、インドの道路事情、バス事情を考えれば列車の旅が最もよいのです。
(特急列車の中、日本の新幹線と同じ)
インドの列車は等級によって5段階に分かれています。大きくは、エアコン付き、エアコンなしの1等列車とそれ以外の2等列車の3つに分けられますが、エアコン付き1等列車には、特急列車と2段式・3段式の寝台列車の2つがあって、それで5段階ということになります。
ガイドブックには、エアコン付き列車はインドの上流階級や富裕な外国人観光客が多く利用し、エアコンなしの1等列車はインドの中流階級の人々(役人・ビジネスマンなど)で、2等列車はいわゆる庶民層が利用すると書いてあります。料金は10倍以上の開きがあるそうです。私の乗った列車はどうやら最高クラスの1等特急列車のようです。移動の列車については全て旅行会社任せでしたので、どういう列車に乗るかは乗車するまで知らなかったのです。
(2等列車、ネット写真から)
30年前の北インドを旅した時は、すべて庶民階級の利用する2等列車でした。とくにカルカッタからブッダガヤへの移動する時、その夜行列車はものすごい混雑で、座席も板敷きのため一睡もできなかったということを憶えています。25年前の旅では、中部インドのアジャンタ、エローラ遺跡の見学を終え、やはり夜行列車でボンベイに向かう時、車内は立錐の余地もなく、最初は、無賃乗車の物乞いと向かい合ってデッキに立ち、その後車内に入り座ることが出来ても、向かいの子供に小便を掛けられそうになったことを憶えています。
この特急列車はさすがに快適でした。私の座席は最前列で、2席の窓側です。発車してすぐに車内サービスが始まりました。専属のボーイさんがまずミネラルウォーターと新聞を持ってきます。次に10分ほどしてチャイとお菓子のサービスです。そして1時間ほどして朝食が出ました。パンとインド風料理でしたが、ボーイさんはベジタリアンかノンベジタリアンか訊いてから前のテーブルに置いていきます。子供にはキャンディやおもちゃのサービスもあります。国際線飛行機の中のサービスとほとんど同じです。さすが特急列車でした。もちろんこのサービスは特急料金に含まれているものです。
(特急列車のサービス)
〈コンピューターエンジニア・カヤルさん〉
隣の人はインド人には珍しく、自分の方からは話しかけて来ることはありません。でも無関心という感じでもありません。私の方から話しかけてみました。名前はカヤルさんと言い、年齢は35歳で、ニューデリー在住のコンピューターエンジニアということです。子供は2人いると言っていました。休暇でアグラへ行くということです。
インドは近年IT産業が盛んで、世界のトップの一つであることはよく知られています。南部インドのマイソールは世界に冠たるITの町で、インドとは思えないほど清潔で近代的な町であると本には書かれています。インドでは数学教育が徹底していて、小学校での九九は10代のものまで暗記するそうですが(九九とは言えないですね)、「0」を発見した国ならではで、そういうことではIT産業発展の下地は十分にあったのです。したがってコンピューターエンジニアは最先端職業の一つで、カヤルさんはそういうインド社会のエリートの一人ということになるようです。上流階級しか乗らないこの特急列車に乗っている理由が分かります。
(相席になったコンピュータエンジニアのカヤルさん)
カヤルさんは穏やかな人で、話し方にも品があり、紳士的な人でした。機関銃のように話しかけるインドの多くの(貧しい)人たちとは明らかに階層が違うと感じます。日本人と同じです。わずか2時間ほどでしたからさほどの話はしませんでしたが、インドのインテリ層、エリート層の雰囲気をちょっと垣間見た思いがしました。
〈無粋な車窓風景〉
私は今度のインドの旅で楽しみにしていたものの一つがこの列車の旅でした。
30年前の旅では、北インドのどこの駅だったでしょうか、田舎の駅でしたが、夜行列車で朝を迎え、その駅に途中停車した時に、「チャーイ、チャイ」と、まだ明けやらぬ朝のホームにチャイ売りの少年の澄み渡った声が響きます。少年はチャイのポットとそれを注ぐ素焼きの器を持ってホームを売り歩いています。背後には朝もやの中に椰子の木の茂るインドの農村の豊かな自然風景が広がっています。ホームに降りてみましたが、本当に美しく、そして心が安らぐ風景でした。それが長く心に残っていました。
(インドの農村風景、ネット写真)
今度の旅でも、そのような風景に出会えればと思っていましたが、でもそれは残念でした。インドの特急列車の窓は、日本の列車のように素窓ではなく、色付きパラフィンが貼ってあるのです。色は黄褐色で、ですから車窓に見える景色はすべからく黄褐色なのです。その色のため農村風景は漠寂とした感じになっています。
「なぜインドの特急列車はこんな無粋なことをするんだ」。隣のカヤルさんに愚痴を言いましたが、微笑んでいるだけです。そうしているうちに時間は8時も過ぎて、列車はスピードを緩めてきます。予定の時刻通りアグラカント駅に私たちの特急列車は到着したようです。
幻の 「チャーイ」の声を 聴いたかに 朝のホームに
吾れは降り立つ
(続く)





