今回は、インドで最初に経験したちょっとしたトラブルについてのお話をしたいと思います。

 

〈懐かしきコンノートプレース〉

 客引きの自称「スチューデント」君から1時間もしつこく付きまとわれましたが、コンノートプレースまで来てやっと「解放」されました。やれやれということで、一休みとそこにあったファーストフードの店に入ったのですが、コンノートプレースまでやって来たのは、25年前にも来ていて懐かしくなったからでした。

 

 しかし、インドにもこのようなファーストフードの店が出来ています。当然と言えば当然ですが、30年前とは隔世の感がします。そういえば旅の7日目にデリーに戻ってきたときに夕食を摂ったレストランは日本のファミリーレストランと全く同じでした。マネージャーもボーイも小奇麗ななりをしており、昔の安食堂しか知らない私は「これがインド?」と思ったほどです。

(コンノートプレース全景、ネット写真)

 ニューデリーのコンノートプレースは高級品を扱う商店や高級ホテル、銀行、映画館、商社などのオフィスが集中するところです。中心はパリカバザールという要塞のような地下街になっていて、そこから同心円状に計画的市街が広がっています。東京で言えば副都心の新宿駅西口一帯と言ったところでしょうか。でもまだ高層ビル群というほどではありません。

(私が歩いたルート)

 今日歩いたところを東京に譬えてみます。 

 早朝に行ったオールドデリーのジャマーマスジッド一帯は、古いムガール帝国時代のマスジッドやお城のラールキラー(レッドフォート)があり、そこを中心に古くからの商業地域(バザール)が発展した旧市街です。東京なら江戸時代からの歴史を持つ皇居(旧江戸城)や銀座、浅草辺りといったところでしょうか。

 ニューデリーのパハールガンジ(メインバザールが中心)はイギリス植民地時代以後に発展した新市街であり、とくにそのための商業地です。ちょうど明治になって発展した新宿駅東口あたりの商業地、繁華街ということになるでしょうか。

 同時期にイギリスの政庁が置かれたのがこのコンノートプレースとその南側の現官庁街で、ちょうど都庁ビルなどのある新宿駅西口の副都心と言うことになると思います。

 

 コンノートプレースの真ん中にある地下街パリカバザールには高級店が店を並べています。一年中エアコンが効いており、25年前に来た時には、夏のあまりの猛暑にしばらくここに避難していたほどでした。その記憶を懐かしく思い出していたのですが、やはり25年もたつと、近代的だなと思った建物もやや古びた感じになっていました。

  

(現在のパリカバザール、ネット写真)

 

〈クルタピジャマを買って歓喜〉

 もうそろそろクルタピジャマを買おうと思っていました。

 地下街に入るとすぐ左手に衣料品店があります。クルタピジャマは「生地屋で生地を買い、仕立て屋で作ってもらう」とガイドブックには書いてあり、半日か一日で出来上がるとあります。でも明日は朝早くデリーを出立しなければなりません。既製品を買ってもと思い、まずはその左手の店に入ってみることにしました。

 

 尋ねると、店員は箱からクルタピジャマを何種類も出してきます。シルクは当然高価で、4・5千ルピーと言います。とてもそんなものは買えませんので、他のものを見せてもらうと、その内に色が薄緑で、光沢のあるものがあり、襟元の刺繡もお洒落です。値段を訊くと2500ルピーとのこと、日本円で6500円ほどです。本来ならば他の店も見て選ぶべきですが、私のいつもの衝動買いの癖が出てしまいました。

 

 30年前、インドで買い物をするときはそれこそ値引きさせるために数時間の交渉は普通でしたが、でも昔に比べて少しは豊かになったのと、根が面倒くさがり屋のため、25パーセントの値引きで買うことにしたのです。

 でもこれは全くのツーリストプライスでした。光沢があっていいと思ったのはポリエステルの為であり、翌朝現地係員のモヒトさんに見せると「そんなもの買って、1000ルピーもしないよ」とからかわれ、あとで行ったベナレスのシルク商人には「300ルピーだな」と言われ、落ち込みました。

 

 しかしそんなことも知らない本人は、念願のクルタピジャマに嬉しくなり、何とその場で着替えさせてもらい、意気揚々とその店を出たのでした。その直後です。インドに来て最初のトラブルが我が身に起こったのです。

 

(クルタピジャマを買った店と、嬉しくて着替えた私)

 

〈手際鮮やかな糞付け師〉

 パリカバザールから地上に出ようと階段を上っているときです。足元のシューズを見ると、黄色のペースト状の塊が右足に付いています。何かの糞であることはすぐに分かりました。

 「あれ、何だこれは、どこで付いたんだ」。どこかで拭かなければと思った瞬間でした、一人の貧しいなりをした若い男がさっと足元に跪いて私のシューズの糞の処理を始めたのです。あれっ、あれっと思っている間もなく、糞を取り、挙句にはクリームまで塗ろうとしています。一瞬の出来事でした。

  その男が私に話しかけます。「牛の糞が付いたんだ、綺麗にしてやったぞ」「空から糞が降って来たんだ」「金をよこせ」と言います。

 

 そこに至って事情が呑み込めました。「やらせだ」。別の男とグルになって糞を付け、それを拭き取って金を取ろうとする詐欺だ、と気が付きました。この近代的な地下街に牛などいるはずはなく、まして空から降ってくるなどということはないからです。

 

 金は550ルピーよこせと言います。1400円ほどです。この時は突然のことで頭が混乱しており、本来ならば詐欺だから「ふざけるな」と言ってしまえば済むことだったのですが、誰も知らないインドであり、私は金額の交渉を始めてしまったのです。「まけろ、200ルピーにしろ」と言って交渉が始まり、結局は300ルピー(日本円で800円ほど)で落ち着きました。

 

 「ああやられた」と思いました。瞬間、瞬間の時には冷静な対応が出来ないものです。糞を付けた相棒の男も傍に寄って来て、私を見てニヤッと笑います。こちらもニヤッと笑い返すしかありません。悔し紛れに「写真を撮らせろ」と言いましたが、手を大きく振り拒否します。彼らは階段を上ってさっさと外に消えていきました。

 クリームまで付けてもらって新品のようになった右足シューズを見て「やっぱりインドだな」と心中で思い、私も「やれやれ」とパリカバザールから地上に出て行きました。

 

 外は相変わらずの人混みです。でも不思議と彼らには悪意を感じず、仕方ないことだと思っていました。実際にはインドでは悪質な旅行者被害も数多く起こっていますが、この場合は大金をだまし取るとか、命まで狙うなどということではありません。外国人旅行者の隙を狙って、それも牛の糞をつけるなど(涙ぐましい努力)をして小銭を稼ごうというものです。男は二人とも貧しいなりをしており、むしろこうしてまで生活の糧を稼いでいるのだなと、インドの現実と悲哀を感じました。

 このような小さなトラブルはこの後も山ほどありましたが、それはまた後でいろいろとお話しすることになると思います。

 

 

  縁 が あ り  金 満 日 本 の  富 を 詐 ぐ  良 縁 な る か    

  ヒ ン ド ゥ の 貧

 

 

(続く)