〈朝市へ〉

 野犬とすれ違い、しばらくネタジサブハッシュ通りを行くと、人だかりが見えます。路上には玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジン、大根、ザクロ、オレンジ、バナナ、マンゴーそのほか、色とりどりの野菜・果物が直に並べられています。どうやら朝市の様です。

 

 売る人は商品の前に座り込んで、私に見ていけと言うように「ハロー、ハロー」と声をかけてきます。玉ねぎもオレンジもどこか日本のものと違い、生のままという感じがします。また日本のスーパーのようにきれいには洗われていません。かなり泥付きのものもあります。

  

(インドの朝市、ネット写真)

 日本では見かけない、緑色の直径数センチほどの果物があります。何だろうと思い、私も地べたに座り込んで手に取ってみました。色褪せたサリーを着たお婆さんが売っています。何の果実だか聞いてみたのですが、彼女は英語が話せないようで、ヒンズー語で何やら言います。彼女は、私が買うと見たのか、前に置いてある天秤にその果実を何十個と乗せ、重さを計っています。次に指で10を作り、10ルピーだと示します。

(インドレモン)

 「これは困った」、買わされそうだと思いました。でもせっかくだから少しなら買ってもと、改めて10個ほど天秤に載せますと、彼女は分銅を合わせ、1ルピー(日本円で約3円)だと指を1本立て、その10個を包んでくれました。

 

 残念ながらこの時は、着いたばかりで1ルピー硬貨を持っていません。10ルピー札を渡してお釣りをもらおうとしましたが、彼女の方も釣銭はないようで、私の出した10ルピー札をしまい込み、手を横に振ります。「あっ、釣銭は出せない」ということなんだと分かりました。彼女は微笑んでいます。私も微笑まざるを得ません。とうとう釣銭は貰わず、「サンキュー」と言ってその場を離れることになりました。日本ではあり得ないことですが、これがインドでは普通のことなのです。私のインド最初の買い物でした。

 なお、この青い果実は食べられると思ってかじってみましたが、歯が立ちません。匂いがつんとして、すぐにレモンだと分かりました。黄色い上下に突起の有るあのレモンとは似ても似つかぬモノでした。

 

(デリーの卸売市場、働く人々) 

〈卸売市場へ〉

 その朝市の場所からは、内側に細い路地が延びていました。野菜・果物を背負った男たちや荷車が出入りしています。どうやら朝市はここの野菜などを売るためのものだったようです。

 

 思い切ってその路地に入り、内側を覗いてみることにしました。そこは50メートル四方ぐらいの広場になっています。どうやら野菜・果物の卸売市場のようです。朝市で売られていた野菜類が膨大に並べられ、また麻袋に入れられ、うず高く積まれています。商人たちでしょうか、大声で怒鳴り合っています。トラックも入ってきました。

(デリーの卸売市場、働く人々)

 卸売り市場と言ってもかなり雑然としており、埃は立ちのぼり、汚物が散乱しています。

 「ああ、インドの人たちの暮らしだ、労働だ」。私はインドの人々の日常生活の場に入り込んでしまったようです。路上の朝市はここのほんの一部を付近の市民に売るために立っているのでしょう。おそらくほとんどの品は他の市や店にここから出荷されるのだろうと思います。

 

 私はこの時、正直言って興奮を覚えていました。インドの人々にとってはごくありふれた日常生活の一部ですが、そのような生活ぶりを垣間見ることが私にとっては旅の醍醐味なのです。ゾクゾクする快感が身の内から湧き上がってきます。

 

 日本でも旅行に出ると、時間があれば朝早くからその街をただ歩き廻ります。地図もなしに端から端までひたすら歩きます。一種の臭覚でしょうか、どこに商店街があり、官公庁があり、歓楽街があるか、だいたい分かってきます。そうすると、普通には垣間見れない人々の暮らしぶりに出会うことがあります。ひたすら歩きます。五感や皮膚感覚で街の様子が分かってきます。私にとってこれが何より楽しいのです。どうやらインドの旅も同じスタイルになっていました。

 

 

  朝市に 青き果実を 買い求む レモンと知らず 買う

  を楽しむ

 

 

(続く)