インドの旅(その6)
ーホテル・ブロードウェイ到着ー
空港の税関を出ると、待合ロビーは出迎えの人やタクシーの客引きでごった返しています。ホテルまでは現地旅行会社バイシャリの係員が出迎えに来ているはずです。
その前にドルをインドのお金のルピーに両替しておかねばと思い、空港内の銀行、トーマスクックで、とりあえず100ドルを両替することにしました。30年前の時は、カルカッタでしたが、金額をごまかされ、純真な青年としては酷くショックを受けたことを憶えています。準公的機関の銀行が平気で「人を騙す」なんて、とその後のカルカッタショックの始まりだったのです。ですから今回は受け取った額を注意深く確認し、また敗れたお札はインドでは誰も受け取りませんので(30年前は買い物でこれを随分握らされました)、そのルピー札のチェックも怠りなくやりました。US1ドルは43.5ルピー、1ルピーは日本円で約2.4円ほどです。金額に間違いはありませんでした。
(現在のデリー空港の両替所。現在はこのようにATMである。ネット写真)
両替を終え、出迎えの人々でごった返している待合ロビーに向かいました。到着客の中では一番最後になっていました。
日本で言われたことは、現地係員は制服を着て、証明書を持って出迎えるとのことでしたので、それらしき人を捜したのですが見当たりません。5分ほどうろうろしましたが、一人の背の高い若者が、手に名前を書いた大きな紙を抱えて私に話しかけてきました。制服ではありません。紙に書かれた名前は「YOSHIYAMA」とあり、似ていますが私の名前ではありません。これはガイドブックに書かれている悪徳旅行会社の新手のひっかけか、と思いましたが、彼の身分証明書を見せてもらうと旅行会社バイシャリのものでした。おそらく間違いないだろうと思い、そこで初めて握手することになりました。
(左側の青年がモヒトさん、3日目の朝、別れのデリー駅で)
彼の方も私が担当客だとは思わなかったそうです。日本からの手配では、性は「female」(女性)となっており、名前も「TOSHIMI」ですから、若い女性と思い込んで、そのような人物を捜していたそうです。数分間確認できなかったのはそのためだったのです。おそらく彼は中年のおじさんの私を見てがっかりしたことと思います。
彼の名前はモヒトさんといいます。日本語が達者な22歳の若者です。彼の手配した車に乗り、空港を後にしました。運転手は会社の人で、ターバンを巻いたシーク教徒の中年男性でした。オールドデリーのホテル・ブロードウェイまでは30分ほどで着くということです。夜で暗かったのですが、それでも、見えて来る道路や建物は近代的なものでした。25年前はこれほどではなかった、東京郊外とほとんど同じです。
(ニューデリーインディラ・ガンジー空港から市内へ、ネット写真)
車中ではモヒトさんといろいろな話になりました。彼の日本語は専門学校に行って習っているとのこと、平仮名や漢字もある程度は書けるということ、日本にはまだ行ったことはないが、近いうちに行きたいということ、などです。
そのうち彼は携帯電話を使用し始めました。業務の連絡でしたが、インドは日本と同じように携帯の普及は一般的なようです。貧困層以外はほとんどの人が所持していました。
打ち解けて来ると、彼は彼女の話をし始めました。日本人の彼女だと言うのです。写真を見るかと言い、携帯電話にある写真を私に見せてきます。きれいな女性でした。横浜に住んでおり、会社勤めをしているとのこと、年齢は27歳で年上だが、将来は結婚しようと約束していること、知り合ったのは今年の2月に彼女がインドへ旅行に来た時案内したからだということ、近いうちに日本に行きたいというのは彼女に会うためだということ、そのような話をしてくれました。
話の途中で横浜の彼女から国際電話が携帯にかかってきました。傍目にも全くラブラブぶりでした。モヒトさんは背が高く、またハンサムですので彼女の方が参ってしまったのでしょう。将来は彼女をインドに呼んで、一緒に暮らしたいとも言っていました。
今度の旅で知り合ったインドの若者は、ほとんど口をそろえて日本の女性は素晴らしい、と言います。あとの号の方で詳しくお話ししたいと思いますが、ベナレスのサンジェも、ある日本人女性を好いているのだと言っていました。ただサンジェに関しては、自然な感情のみではなかったのです。そこにはインド女性とは自由な恋愛が出来ない事情があったのです。カーストの問題です。
(ベナレスのサンジェ、あとでお話しすることになります)
モヒトさんの場合は、その辺の事情は分かりませんでしたが、彼が気にしていたのは彼女が年上だという点でした。5歳上でした。インドでは年上女性は結婚の対象として少なからず問題があるのでしょうか、それとも彼女の方が気にしているということだったのでしょうか。その辺のところは聞きませんでしたが、私は「そんなこと気にするな」と勝手なことを言っただけでした。
でも、20代の若者が愛を語らう、国際電話でじゃれあうように会話を続けている。いずこも同じですが、生命力旺盛な若者たちの生きる力、愛する力に、私はデリーの暗い街並みを見つめながら、ある種の感動に近い感情を覚えていました。私の30年前の時代も・・、と遠い記憶が甦ってきました。
そうしているうちに車はデリー市内に入ってきました。
デリーはニューデリーとオールドデリーに分かれています。ホテルはオールドデリーにあります。近代的なニューデリーから古色然としたオールドデリーに入って、「あっ、インドだ」と思わず声を上げてしまいました。そこには30年前に経験したインドがまぎれもなくあったからです。
(夜のデリー市内、ネット写真)
薄暗い街並みの中で、黒い塊のように人々がたむろしています。ものすごい数の人です。路上で人が寝ています。そこには何か白い生き物がいます。「牛だ、牛がいる」。それまでの景色が一変していました。建物も古色蒼然としています。「これだ、インドだ」。薄暗い街並みと人の蠢きにある種の恐怖感を覚えながらも、この猥雑さに、身の内から湧き上がってくる興奮を覚えていました。「インドへ来たんだ、あのインドへ来たんだ」、この時私は真にインドへ入ったことを感じていました。
ホテルはその近くでした。デリーで3日間泊まることになるホテル・ブロードウェイに車は到着しました。時間は夜も深まり、10時過ぎになっていました。
鎮もれる 黒きかたまり 道の端に 人・人・人・人 闇夜に人・人・・
(続く)




