〈出発〉
旅の出発と、インド入国までの経緯をまず簡単にお話ししたいと思います。
(宇都宮線・古河駅)
10月23日(日)、出発の朝です。いつものように日課のジョギングを済ませ、7時30分には宇都宮線に乗り古河駅を発ちました。上野駅で京成線特急に乗り換え、10時半には成田空港第2ターミナル駅に到着しました。12時25分にチェックインなので2時間余裕を見ておきました。チェックインの時、一応フリープランなので飛行機だけでも同行者がいるかなと思いましたが、誰一人いませんでした。「ああ、これは1名催行なのだ」と知ることになりました。
インド旅行は11月から2月にかけてがベストシーズンで、乾季のうえ気温も低く、比較的快適に旅行できます。それに次ぐのが7・8月の雨季の2か月で、雨こそありますが気温はさほど上がらず、学生の夏休みもあって旅行シーズンなのです。私の昔の2度の旅も両時期でした。今回の10月下旬はまだシーズンオフであり、全くのひとり旅になるかもと思っていましたが、その通りになりました。
(デリーまで)
〈飛行機はインドへ〉
搭乗手続きを済ませ、私の乗るデリー行き直行便JL471便は、予定より30分ほど遅れて成田空港を離陸しました。席は空いており、窓側の私の席の隣り2席は乗客はなく、1列独り占めです。乗客は日本人が多くインド人は数えるほどです。私の前の席には、カナダ在住のインド人一家が、デリーに里帰りするとのことで一団で席を占めていました。英会話の練習にと早速話しかけてみましたが、なかなかスムーズには通じません。日ごろ使っていないとやはり難しいものです。後ろの席は私よりやや年上の日本人夫婦で、観光旅行のようです。インド3日目のアグラ城で軍然見かけました。
飛行機は九州を過ぎ、東シナ海を越え、上海の上空を過ぎ、昆明からバングラデッシュ上空、そしてカルカッタ(コルカタ)上空へ入り、いよいよインド領内へ入ってきました。時差は3時間半です。飛行機はヒンドスタン平原を西へ向かい、カルカッタからデリーまで、旅する予定のベナレス・アグラ上空を2時間程度で飛んでしまいます。
(デリー到着)
〈インド到着〉
着陸前、デリーの街が夜のイルミネーションの中で真珠をちりばめたように見えてきたときには心が震えました。25年前デリーに到着した時に見た光景と全く同じだったからです。あの時は、この光の下には何が待ち受けているのだろうと、かなり緊張したことを憶えています。しかし今回はさほどではありません。成田を出発する時も同じでした。全く不思議なことでした。経験があるからと言ってももう25年も前のことですし、初体験といってもよい旅です。25年前の時は、その5年前に来ていてもかなり緊張があったのです。
夜景を眺めながら、今回の緊張の無さは何故なのかと、自問自答していました。気持ちの中には「何があってもいい」という感情が確かにありました。51歳という歳は、青年時代のような、未来への希望やその反面の怖れという感情は弱まっています。そのような年齢の問題が原因であることは間違いありません。若者より生に執着しないことは確かです。
(21歳の時、ブッダガヤで、数珠売りの少年ゴータマと)
(51歳、ベナレス・ガンジス河のダシャジュワメードガートにて)
デリーのインディラガンジー空港に到着したのは、インド時間、夜の8時20分を過ぎていました。約9時間のフライトでした。乗客の後を追い、飛行機から空港建物への通路を急ぎ、私は入国審査へと向かいました。
3時間半 時計を戻して 眼を閉じぬ 異郷インドへ
時も入りたり
(続く)




