30年ぶりのインドひとり旅(その2) 

 

 ーインドへ行こうと思ったことー 

 

  30年前のインドの旅は、学生時代の21歳という若い時の旅でしたが、思い返せば大変きびしい旅でした。初めての海外旅行であり、約1か月間、泊まり歩いたところが安宿ばかりで様々なトラブルがあり、最後はへとへとになって帰ってきたことを今でも思い出します。25年前の旅も同様でした

(21歳の私、ベナレスの雑踏にて)

   その後の25年間は、結婚、子供の誕生、子育て、仕事など身の回りの生活に追われ、独身時代のような気ままなひとり旅は出来るはずもありませんでした。しかし、カレーの匂いを嗅ぐとインドを思い出し、沢木耕太郎のユーラシア旅行記『深夜特急』を読むと、若き日のインドの旅を鮮烈に思い出していました。

(沢木耕太郎『深夜特急』講談社)

 若い時に見たインドはどういう社会だったのか、もう一度あの強烈なインドを体験してみたい、若さを失いつつある年齢を自覚するようになると、もう残されている時間はそうないのではないか、今行かなければ、と思うようになってきたのです。

 

 この間、中国、イタリア、スペイン、エジプト、ギリシア、トルコなど、家族(とくに息子)との旅行はありましたが、インドの旅はそのような「楽しみ」の旅ではないのです。正直に言えば、高いお金を払って何故こんな苦しみをと思うような旅なのです。

(テレビ版『深夜特急』、大沢たかお)

 旅の本心をもう一つ言えば、自分の側の「心」の問題がありました。中年になり、若い時のような未来を夢見る年齢は過ぎ、老いに向けて、今までの生きるスタイルをそれなりに変えて行かねばならない、人生の中で一つの区切りをつけたい、という思いです。

 

 また、ある種の危機感もありました。それは無意識でしたが、職場での人間関係や仕事の問題を抱え、今までの人生を見直してみたい、ここで生きるスタンスをしっかりさせたい、という気持ちだったと思います。

 

 卑俗な譬えになりますが、昔の恋人に再会して激しかった若い時代が冷静に見えて来る、そのようなものを無意識に期待していたのかもしれません。 

 

 若い時のインドの旅は私にとって強烈な恋人にも似たものでした。熱病のようなあの若い時代は何だったのか、確認してみたい。もう一度そこから出発してみたい、という思いです。

(インドの青空床屋、デリー)

 

 心の中を覗いてみればそのようなことでしたが、でもやはりインドに興味がある、その一点が何より大きかったと思います。人懐こい人々、宗教が生きている社会、カーストと貧困など、日本の社会もかつては持っていた一面に深い興味があったのです。

 

 「とりあえず言ってみよう」

 

 次回以後、インドで経験したことを私なりに解釈してお伝えしていくことにします。

 

 

  ツバ下げて 逃亡者の如く 待ち居れば 深夜特急 ごうごうとして

 

 

(続く)

 

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