(小説「Good-bye、MR. CHIPS」)
映画「チップス先生さようなら」は、イギリスの作家ジェームズ・ヒルトンが1934年に発表した小説「Good-bye、MR. CHIPS」が原作であり、1939年に初めて映画化され、1969年のものは2度目の映画化で、ミュージカル仕立ての、内容も原作とは大きく変えられていたものであった。時代設定も、原作では第一次世界大戦の時代が、第二次世界大戦になり、そこではナチスドイツとの戦争やロンドン空襲のシーンが出て来る。
(映画「チップス先生さようなら」のポスター)
主人公のチップス先生は、イギリスの田舎町のパブリックスクールの教師であるが、それをイギリスの名優・ピーター・オトゥールが演じ、その妻キャサリンは歌手でもあったペトゥラ・クラークが演じた。
(ピーター・オトゥールとペトゥラ・クラーク)
私は、思春期の15・6歳の時、封切り間もないそれを東京に住んでいた叔父夫婦と新宿の映画館で見た。新婚間もない義理の叔母は、このペトゥラ・クラークに似ている人だった。そういうことで、この映画の印象は鮮やかである。
この映画の中で、今でも心に残っているシーンは、チップス先生が、そのパブリックスクールの校長にやっと念願かなってなれるという知らせを妻キャサリンに伝えようとしたとき、女優でもあるキャサリンは慰問に出発しようと軍のジープに乗っていて、そのエンジン音で聞き取れなかったこと。そしてその慰問先がナチスドイツのⅤ1飛行爆弾の爆撃を受け、そこでの妻の思いもよらぬ死を授業中に密かに伝えられた時、チップス先生は、授業を中断できないとの使命感で、涙をこらえて継続したこと。また妻と先生を慕う生徒たちが、それを知ったシーンである(この場面の写真がネットではどうしても見つからない。残念)。
今、そのシーンを思い出しただけでも涙が出てきてしまう。主人公の心情に共振した思春期の切ない想いは、72歳の今になっても鮮明に憶えている。
(試合に行こうとするサドウィックをたしなめるシーン)
映画のラストシーンは、80歳代の高齢となり、すでに引退して学校近くで独り暮らしをしているチップス先生を、若い時分の教え子の「孫」が新入生として訪ねてきたシーンである。新入生の祖父は、チップス先生が教師の使命感からテニスの試合を認めず、補習授業を強制した生徒である。
チップス先生は座っていた椅子から、その新入生に向かって「やあ、サドウィック、あの試合は残念だったな」とその祖父の名前をいい、否定されると次に父の名をいい、そして孫であるということが分かり、最後にその新入生が、丁寧な礼をして去っていくシーンである。ドア越しにその少年が最後に言った言葉が「good-bye、Mr. Chips」である。
当時15・6歳であった私の年齢であっても、「老い」というものの哀しさと、生き抜いた人生の美しさを見た思いがした。
(その中等教育学校の授業風景、ネット写真)
以前のブログで、退職後の再任用の中等教育学校で現代社会と世界史を教えたということを書いたが(ブログ「ビブリオバトル風授業をやってみた」)、世界史は正確には「世界史A」という科目で、近現代史中心である。高校2年生で学習する。
その授業では、教科書の中の「ナショナリズムの時代」という単元であったが、イギリスの産業革命で生まれた労働者階級の作業能率のために初等教育が生まれ、一方で、産業資本家の子弟教育のために、エリート教育のパブリックスクールが発展したという説明をした。自分たちの通っている「中等教育学校」の始原がここにあるという話も付け加えた。その話のために、昔懐かしいこの「チップス先生さようなら」をパワーポイントのスライドとして用意しておいたのである。
その話の最後のころに、この映画を見たのが生徒たちと同年齢だったことを急に思い出して、「私が教師になったのは、この映画を見たからかな」と、柄にもなく心の裡を吐露したら、いつもは斜に構えているある女子生徒が、どういうわけか、ひとり拍手をしてくれた。「この子が・・」と、ちょっと驚いたことを憶えている。どうして拍手などをしてくれたのだろうか。
あの子は、私のことを「グッドバイ、ミスターウチヤマ」として憶えていてくれるだろうか、などとこれを書いていて懐かしんでいる。





