(エジプトの旅、その2)
(カイロとギザの位置関係)
カイロ市内にあったエジプト考古学博物館を見終わったあと、3日間泊まることになるホテルに向かった。ホテルはカイロからナイル川を渡り、対岸となるギザにあった。ホテルは「ピラミッドプラザホテル」といった。
車を降りたときには気付かなかったが、そこはクフ王のピラミッドで有名な三大ピラミッドの傍に位置していた。
(ピラミッドプラザホテル)
ボーイさんに案内され、9階の部屋に入ったが、荷物も置かないうちに、まずボーイさんは窓のカーテンを開け、「どうですか、この景色は」と、真っ先に外の景色を見せたのである。そこにはあの有名な三大ピラミッドが、言葉にすれば「どすん」としか表現できないような、重厚な姿で眼前にあった。それはただただ息をのむばかりであった。学校の教科書で見るピラミッドの風景がそこにあったのである。今でもこの瞬間のことは忘れられない。
(部屋の窓から見える三大ピラミッド)
(望遠にするとこのように威容を誇って見える)
もう午後も随分すぎた時間になっており、ピラミッド見学は翌日となっていた。夜はナイル川のナイトクルージングが予定に組み込まれていた。
夕方6時ごろにガブリさんの車に乗り、カイロ市街に戻り、ナイル川に面した船着き場に降り立った。もうすでに暗くなっており、ナイル川全体を見渡すことは出来なかった。昼間、悠久のナイルを傍らに立ってじっくり見るのは、結局この旅ではできなかった。
あまりに個人的なことなので、他人にはどうでも良い話なのであるが、このナイトクルージングで忘れられないことがあったので、旅の思い出として書き留めておきたい。
(クルージング船の乗り場、乗り込むところ。左側が船、右が息子)
これはクルージングと言っても、わずか2時間ほどのもので、川をさほど上下するものではなく、観光旅行者向けにエジプト料理と中東に広く見られるベリーダンスを見せるディナーショーで、日本なら京都で舞妓さんの踊りを外人さんに見せるようなようなものである。
(私たちの座席)
(ベリーダンスショーが始まった)
(踊り子さんが踊りながら私たちの座席の傍までやって来た)
(踊りに興奮している息子)
私たちは予約してあった席に着き、食事をしながら、最初はエジプトのイスラム旋回舞踊のダンヌーラを見、つぎにメインのベリーダンスショーになった。
この手のものが大好きな20代の息子は興奮し、目を皿のようにして踊り子さんの透けた衣装の妖艶な踊りを見ていたのであるが、私が飽きてしばらく2階のデッキに出て夜風に当たっていた間に、踊り子さんが息子の傍に来て、写真撮影を求めてきたのである。海外旅行に行くと観光地では押し付けのカメラマンがいて勝手に写真を撮り、あとで高い記念写真代を取る商売があるが、まさにそれで、息子は踊り子さんの腰の薄い衣装の間に、中年男のするように3千円を自分の財布から出して挟み、撮影をしてもらっていたのである。それが最後に添付した写真であるが、私は自分の席に戻ってきて、それを知った。
(もうすでに財布からお金を出して準備していた)
(しばらく私はデッキに出てナイル川で夕涼み)
私がやるならまだしも、スケベ心を出して恥ずかしいと思い、そこできつく息子を叱ったのであるが、障害があるとはいえ、自分の金でやったのだから、父親といえども叱る筋合いではない。息子は申し訳ない顔をしてしょんぼりとしてしまった。
クルージングも終わりに近づいたころ、その写真は出来上がって、踊り子さんがそれを持ってきた。息子はまた満面の笑顔を見せた。
(戻ってくると息子は3千円を出して、撮影修了済み。私に叱られてしょんぼりしている)
(その時の記念写真。踊り子さんの衣装の腰の所に3千円を挟んでいる)
ホテルに戻った後、これは「ナイル殺人事件」ではなく「ナイル3千円事件」だな、と言って息子をからかったのであるが、息子にとっては旅の忘れられない出来事になったようである。
今グループホームで生活している息子とは、普段は会えないので、ときどきパソコンのズーム機能(テレビ電話)でお互い顔を見ながら近況を話し合っている。たまに共有機能を使い昔一緒に旅行した時のビデオを見ることがあるが、エジプト旅行のこのシーンを見るとその度に大笑いしている。
これから先、二度とこのような経験をすることもないだろうと思うと、忘れがたい思い出となっている。
(続く)












