様々な学校で教えてきたので、いろいろな教え子がいる。未熟だったゆえ、今となっては詫びても済まぬ生徒もいる。

 

 20代前半で、昔は炭鉱業で栄えた地域にある公立高校の教員になった。主に3年生の日本史を担当し、2年目には2年生の担任を任された。

 

(24歳のころ、学校の正門前で。右側が筆者)

(遠足で、クラスの生徒たちとふざけ合っている。ほとんど生徒と同じ)

 

 50年近く前のその高等学校は、授業より「生徒指導」が仕事のような学校で、とくに私のクラスは、年間で4分の1ほどの生徒が「家庭謹慎」か「退学」になるという、そういうクラスだった。

 女子生徒の非行には、当時「不純異性交遊」と呼ぶものがあり、要するに、「やってしまった」ら退学というきまりだった。

 

 女子たちの興味関心は「男」である。

 その時のクラスの中で、あまり美人ではない女子がいて、周囲から「男」に相手にされないことをからかわれて、張り合う気持ちから、どうでもいい男と深い仲になり、学校にも来なくなってしまった。

 私はその事情を知らなかったのだが、炭鉱長屋に住む初老のその母親が、一人私の下宿まで訪ねて来て、「先生どうしたらいいでしょうか」「前のように学校生活に戻らせたいんです。何とかできませんか」と、本当は秘密のままにしておきたかったことを、若造の私を信頼して打ち明け、すがってきたのである。

(24歳当時、参加した県教職員の東南アジア旅行で、ガイドさんと)

 

 2年目で、2年生のクラスを任されるとは、当時4人いた新採教員の中では最高の抜擢であった。しかし、生徒や保護者の気持ちを慮ることは、人生経験もない24歳の若造には無理なことであった。

 この事情を秘密にすれば、バレたときには「優秀な」私自身の「指導力不足」となり、校内で「責任」問題にもなる。学年主任や生徒指導部長にも迷惑をかけ、ひいては校長・教頭など管理職の覚えも悪くなる。「お利口さん」教員の私はそう考え、その母親に独断で「問題が表面化してからでは本人も可哀そうだから、すぐにでも退学届けを出した方がいいですよ」と、今となっては取り返しのつかない非情な返事をしてしまった。その母親は、絶望のままに帰って行った。

 

 その後、彼女が自主退学したことで、他の先生方も「一身上の理由」の中身を気にしたのだが、経験豊富な、ある30代の女性教員にはすべてお見通しだった。彼女に詰問され、実際を話したら「あんたバカだね。お腹が大きくなったわけじゃないんだから、黙ってるんだよ」と言われ、ただただ、世間知らずで自分のことしか考えられない自分が情けなくなった。

 

 その子は、元気ならば、もう64歳になる。

 

 その後いくつかの学校で教員生活をしてきたが、同じような出来事はいくつもあった。教頭をやっているときに、「内緒にできないか」と頼んできた担任に口裏を合わせて、校長を騙したこともある。しかし、生徒にとっては皆一回限りの人生である。許される理由にはならない。彼女は中退をしてその後どのような人生を歩んだのだろうか、と思う。

 

 10年ほど前の退職の送別会のときに、初めてこの忸怩たる経験を若い先生方に話した。それで償える問題ではないことは、もちろん分かっていたのだが・・

 

 教員生活最大の痛恨事である。