一昨日、長年の友人であるHさんの「コーヒーコンサート」に出かけてきた。
高校の音楽教師であったHさんは、もう40年近くも独りでコンサート活動を続けている。小規模なコンサートであるが、今回でもう54回目になる。今回は彼女の住まいの近くの下妻市砂沼庵の和室で開かれ、長年の友人や知り合いの方たち30人ほどが招かれていた。
今回は、 今までの演奏会とは違い、能楽師を招いて舞囃子を上演し、自身は背後の囃子方で和笛を奏でるというものであった。
(舞囃子「経政」の始まり。右のお二人が能楽師の井上貴覚さん(前)と中村昌弘さん(後)、左の三人が、奥から笛方のHさん、小鼓方のNさん、大鼓方のFさん)
(「経政」を舞う井上さん)
出演者は、シテ方に金春流能楽師の井上貴覚さんと中村昌弘さん、大鼓方に大倉流のFさん、小鼓方に幸流のNさんで、能楽師のお二人は東京で活躍しているプロの方である。笛方のHさん自身も一噌流の演奏者である。演目は平家物語に登場する公達平経政を主人公とする「経政(つねまさ)」と、狂女の恋を語る「班女」(はんじょ)であった。
彼女とは30代に10年間ほど同じ職場の同僚であった。年齢はほぼ同年代である。彼女は楽器の中では和笛(横笛)を専門としており、授業ではとくに和楽を取り入れた教育活動を実践されてきた。退職後には東京芸大の別科で研究を続け、今回のコンサートはその流れの中にあった。
すでに私の若い時代から、学校では「専門性」などは何の意味も持たなくなり、進学指導や生徒指導のみが仕事の中心になっていたが、彼女は芸術系教師のゆえに別人種であり、教員である前に音楽家であった。当時、新人洋画家の登竜門である「安井賞」をとっていた美術教師の舘野弘さんと3人で気が合い、大学受験ばかり口にする教員を批判したり、学生のように芸術論議などを交わすこともあった。3人で飲み会もしばしば行っていた。
魅力的な容姿の上に、常識にとらわれない言動には惹き付けられるものがあったが、それだけではなく、私は「表現」を生業とする同志のような感情を持っていた。
職場が異なってからもしばらくはコンサートには出かけていたが、コロナで長期間コンサートも行われなくなり、60代に入ってからはお会いすることも無くなっていた。それが一昨年だったか、1枚のCDとその楽譜を送っていただいたのである。そこには妹さんを病で亡くしたことと、その思い出の自作のピアノ曲であるとの旨の手紙が添えられてあった。昨年に入っては、妹さんを偲んで「コーヒーコンサート」を再開する旨の知らせを受けた。
老齢になっても若い時の仕事を継続しているのは立派としか言いようがない。自前のコンサートを40年近く継続していることは並大抵のことではない。大切な家族を喪ってもやり続ける力はどこから来ているのだろうか、と思いを馳せる。
今回、久しぶりに能を拝見して、舞の所作の無駄のなさには感じ入ってしまった。若い時には芸能としてのみ見ていたが、シテ方の井上さんの演技を見て、一番思ったのは、無駄を省くことが本質への途なのだ、ということである。日本人の美意識だけではなく、生き方もそこに集約されている、と感じた。
Hさんが和楽を一貫して自らのテーマとし、また40年近くも小さなコンサートを継続して来たのは、彼女の生き方が、そのような日本人の美意識や生き方とどこかで通底しているからではないかと感じる※。はかま姿で正座して横笛を吹く、その凛とした姿には「やはりこの人はただ者ではない」と改めて感じさせられた。
※このブログの後にHさんからメールを頂いた。「能は亡くなった人と会話できる稀有な舞台芸術で、それが私の作曲のエネルギー」と付されていた。なるほど、と得心した。私も然りである。
