火野正平さんの訃報には多くの人が驚いていると思う。 NHK番組「こころ旅」であれほど元気に愛車・チャリオを漕いでいたのに、なぜ急にという思いだ。最近腰を痛めて休んでおり、田中美佐子さんなどが代理を務めていたが、まさか亡くなるとは誰も思っていなかったのではないか。70代で亡くなるのは、同年齢に入った私にとって驚きだけではなく、ショックなことだった。

 

 「こころ旅」は、手紙に書かれた視聴者の「思い出の風景」を火野さんが替わってめぐるもので、手紙には、嬉しかった出来事よりも、苦労や哀しみ、一方では受けた励ましなど、一筋縄ではいかなかったそれぞれの人生の哀歓が語られている。老境に入った自分には、人生と重ねてウルウルとさせられるものばかりだった。私と同じ年齢以上の人は、皆さん同じ気持ちだろうと思う。


 手紙には、親への不孝や恋人との別れ話などもあった。そこでは、傷つけた人たちへの贖罪が切なく語られていた。私には、手紙を書くこと自体が、今は傍にいない人に詫び、罪深い「こころ」を整理し、それなりに納得できるものにする、そういう心の浄化作業なのだとも感じられた。浄化作用は「こころ」の深い処を振幅させており、手紙は、単なる思い出話ではなく、これは人生の「物語」なのだ、それを紡いでいるのだ、とも感じた。

 

 

 荒井由実の「十二月の雨」に「時はいつの日にも親切な友達、過ぎていく昨日を物語に変える」というフレーズがある。若い女性の、失恋の傷を癒してくれる「時間」のありがたさを歌ったものだが、同時に作られて行く「物語」とは、失恋を過去のものとして整理し、これからの新しく生きようとする、少なくともそういう前向きの部分を含んだものだろうと思う。それが、若い時の「物語」なのだと思う。

 

 未来に生きるためでもあり、老いの贖罪のためでもある「物語」を編んで、みんなそれぞれ辛い人生を、何とか生き抜いていく、納得してゆく、人生とはそんな「物語」の積み重ねなんだろう、と思う。

 

 火野さんは自力で自転車を漕いでいて、感じるものが多かったのではないか。「老い」に逆らう「自力」は、ヘミングウィの「老人と海」の老漁師サンチャゴのことを想わせた。ハードボイルドのヘミングウィが「老い」の物語を作ったように、プレイボーイの火野さんにも語るべき「物語」があった(ある)はずで、そんな架空の手紙を読んでみたいと思う。