インドのヒンズー教徒は輪廻転生を信じている。現世の自分は誰かの生まれ変わりだと考えている。

 

 私の左眉の端の所は「つむじ」になっている。これがフィリピンで戦死した父方の伯父のと同じなので、その妹である伯母から「あなたは、兄の生まれ変わりなのよ」と、子供の時からさんざん聞かされて来た。その故か、この伯母からはずっと可愛がられて来た。

 

 最近、スピリチュアルの本を読んだら、生まれ変わりは、前世で成し遂げられなかったことを、今世の「課題」として生まれてくるという。今世はそれを成し遂げる「修行」の時間なのだという。

(フィリッピンからの伯父の軍事郵便はがき)

 最近、80年前に書かれた伯父の軍事郵便はがきを改めて読む機会があった。それもあって、この伯父が「成し遂げられなかったこと」とは何んだったんだろうと、少し考えてみた。

 

 23歳で亡くなった伯父にとってそれは、何と言っても、長男として家を継ぎ、子を作り、父母(私の祖父母)の面倒を見ていくことだったろう、と想像した。これは間違いない。軍事郵便はがきの文面には、いずれも、至るところに、長男としての家族への心配と責任の気持ちが綴られている。

(山中を行軍する日本軍、ネット写真)

 もう一つは、この伯父の「戦死」が、実際は「餓死」であったということに関係する。

 フィリピン防衛戦の最終段階、昭和19年末、追い詰められた日本軍は「永久抗戦」「自活自戦」という無責任かつ放棄的方針を立てた。それに従い伯父のいた隊は、北方のバギオ山中に逃れ、実際には食べるものがない中、戦闘することなく、20年7月17日に伯父はそこで「餓死」した。戦後、生き残った戦友が祖父にそれを伝えている。

 

 これは面白おかしくは言えないことだが、仮に自分がそのような悲惨な前世を生きていたとすれば、「成し遂げられなかった」ことに「食べること」もあるかもしれない、と勝手な想像をした。

 

 私は双子の弟の方なので、兄が家を継ぎ、両親の面倒を見た。スピリチュアルの本に従えば、本来は「生まれ変わり」の私が「兄」になり、家を継ぐべきだったのかもしれない、と自責の念が少し湧いてきた。一方、「食べること」については、子供の時からどんなにお腹が一杯でも、出されたものは残さずに食べるという性分なので、確かに「生まれ変わり」はあるかも知れないと思ったりもした。

(大谷選手、ネット写真)

 ところで大谷選手は誰の生まれ変わりかという話だが、もう世界一のスター選手になったということからすれば、その前世は、世界一になれずに無念のうちに亡くなった人ということになろうか。世界一とまではいかずとも、NPBで活躍したように、地域では活躍したが、志が成らず、死んでいったということかもしれない。

 

 大谷選手の生まれ故郷は、よく知られているように岩手県奥州市で、そこの水沢区(旧水沢市)という所である。生まれる少し前に両親がそこに引っ越してきたという。実家のある場所はよく分からないが、北上川そばの姉体小学校に通っていたというから、その近くに住んでいたのだろう。

(アテルイの本拠と大谷選手が通った姉体小学校)

(大谷選手の卒業した奥州市姉体小学校、ネット写真)

 じつはこの水沢区という場所は、日本の古代史、とくに律令国家が東北地方の「蝦夷(エミシ)」を征服するために行った戦争と密接にかかわる所なのである。正史『続日本紀』にも名が出て来る蝦夷の英雄「阿弖流為(アテルイ)」がここで生まれ、活躍した。時代は、奈良時代の終わりから平安時代の初めにかけてである。都の桓武天皇から征夷大将軍として派遣されたあの有名な坂上田村麻呂と、蝦夷社会の命運をかけて戦った人物である。

(奥州市アテルイの里、ネット写真)

(モレとともに蝦夷(エミシ)軍を指揮するアテルイ(右、大沢たかお)、NHK「火炎・北の英雄アテルイ」)

(降伏し捕らえられたアテルイとモレ、NHK「火炎・北の英雄アテルイ」)

 

 アテルイの活躍は、10年以上前のNHKの歴史ドラマ「火炎・北の英雄アテルイ」にもなり、大沢たかおが演じたので、覚えている人もいるかと思う。桓武天皇の律令国家軍と生涯3度の戦いを行い(3度めが、征夷大将軍坂上田村麻呂との戦い)、蝦夷の人たちを守るため、やむなく降伏し、「河内国□山」(大阪府枚方市と推定)で斬首の刑に処された(『続日本紀』)。まさに蝦夷社会の英雄である。

 

 ちなみに第1回めの相手の一人が、私の住んでいる茨城県古河地方の出身で、現地高官の「鎮守副将軍」にもなった「安倍猿嶋臣墨縄」なる武人である(拙著『平将門の乱と蝦夷戦争』高志書院)、墨縄との合戦の場所の一つ「巣伏」(すぶし)(現在の「四丑」(しうし))は、大谷選手の卒業した姉体小学校の北側のすぐ近くなのである。「安倍猿嶋臣墨縄」の詳細については、また機会を改めて紹介したいと思う(ブログ「蝦夷(エミシ)の英雄アテルイと戦った男)

 

 再任用も終わる数年前に、勤めていた中高一貫の中等学校高等部の授業で、余談に、この大谷選手=アテルイの生まれ変わり説を披露してみた。この学校は東大合格者も出す、地域ナンバーワンの学校であり、反応の凄くよい生徒たちが多い。

 理知的な子供たちなので老教師のアホ話を無視するかと思ったら、やはり子供なのだろう、私の生まれ変わり説を興味深く聞いて、うなずいてくれる生徒もいた。

 

 しかし、先にも書いた、第1回目の戦闘で戦った相手となる、郷土出身の「安陪猿嶋臣墨縄」に話が及んだ時、「それなら墨縄は一体、誰として今生まれ変わっているんですか」、という質問があった。アテルイと対決した人物だから、生徒にはヤンキースのジャッジ選手だろうという意見も多かったが、この場合、生まれた場所が生まれ変わりの条件となるから、メジャーリーガーは対象外となる。日本の野球選手で考えた場合、古河近くの出身の選手で、現在阪神タイガースで活躍している大山悠輔選手(茨城県下妻市八千代町出身)が思い浮かんだ。私が「大山選手かな」と言ったら、それは「格が違う」という意見が圧倒的だった。

 

 楽しいおしゃべりはそれで終わったが、生まれ変わりを考えるのは面白い。

 自分は何のために生きているのかは、根源的な問題である。生まれ変わりを信じて、今世を「修行」と考えるならば、辛い人生を生きる力にもなる。ヒンズー教の輪廻転生の考え方は、辛いこの世の不運を「前世の因縁」と諦め、カースト制度を支える装置にもなっているが、人生を「修行」と考えるスピリチュアルの考え方は、もっと前向きの考え方の様である。

 

 それにしても大谷選手の活躍はすごい。退職した今は時間が有り余っているので、完全な「大谷ウォチャー」になっている。これでワールドシリーズが終わったら、何を楽しみにしていけば、と大谷ロスを本気で心配している。

(筆者(左)と兄(右)、生後10か月の時)

 兄は、来月11月にフィリピンへ慰霊の旅に出かけるという。伯父の生まれ変わりは自分だと思っているようである。両親の面倒を見て、家を継いでくれた兄には頭が上がらない。